年商20億円の飲食業グループが再生するまで!

国内に複数店舗を展開する飲食業グループの経営者は、中小企業経営者にしては珍しくマーケティングに造詣が深い方で、伝統的なマーケティング理論に基づいて自社の経営戦略の構築に活かしておられました。ところが、その伝統的なマーケティング理論が実は自社にとって適切でなかったとしたら、どうでしょうか。

現状分析

地方の中核都市近辺で高価格帯の飲食店を複数展開する企業です。コロナ・ウイルスが蔓延して飲食店から客足が遠のく随分前の話ですが、既存顧客の高齢化による影響もあって客数が毎年減少傾向にあり、営業キャッシュフローは一定額確保できているものの、バブル期の不動産投資の名残が残って過剰債務の状況が続き、借入金の元本返済に汲汲としている状態で、遅かれ早かれ返済不能の状況に陥ることは目に見えていました。

創業者でもある社長は60歳を超えていましたが、まだまだ元気で活気があり中核店舗の本店の厨房で料理長も兼務しており、その後継者として長男が東京の割烹に修行に出ていて、数年後に自社に戻って経営者としての訓練を受ける予定になっていました。

高価格帯の料理店を20年以上営業し続けているだけあって、料理も非常に美味しく、一度食べると次も来たくなるレベルの良いお店でしたが、複数店舗を同一ブランド、ほぼ同一の価格帯で展開しているので、お店によって味のレベルに若干バラツキがありました。本店で修業をした板前さんが支店の料理長を務めているとのことでした。

お店の作りとしては、本店は1階がカウンター席とテーブル席、2階がお座敷となっており、お座敷は50名程度収容できるキャパシティがあり、法人等の宴会を受ける予定で作ったものでした。ところが法人をはじめ大人数の宴会需要がめっきり少なくなって、2階のお座敷の稼働率は著しく低い状態でした。支店はカウンターが主で、テーブル席と小さな座敷を持つ店舗もありました。

会社の方針として高価格帯の飲食店なのでリピート客を大切にし、中でも月に何度も足を運んでくださるロイヤリティの高い個人のお客様には、一品サービスをする、手土産をお持ち帰り頂くなどのきめ細かいサービスでおもてなしをして次回の来店を促していました。
また、客足の鈍る梅雨から夏のシーズンにかけて住所を把握している既存客にDMを発送し、原価率を上げてグレードの高い料理を提供するなどの工夫をしていました。
社長に聞いたところ、経済的に裕福な50歳以上の中小企業経営者をターゲットとして、彼らの好むメニューを提供しているということでした。

環境分析

ここ10年くらいで日本の飲食店のレベルがますます上がっていることに気付いている人は多いでしょう。特に東京や大阪などの都心部においてはその傾向はとても強く、その傾向は地方にまで及びつつあると思います。
美味しくない店を探すことは難しく、不味くてどうしようもない店などぱっと入店しても出会わなくなりました。どの店も非常に高いレベルで味を競い合っており、普通の価格の居酒屋に入ってもとても美味しい料理を堪能できるようになっています。飲食業は比較的開業しやすく、脱サラして起業する方が選択することが最も多い業種になります。
有名店で修業した若い有能な料理人が自分の店をオープンするなど日常茶飯事であり、飲食業界ではどの価格帯でも非常に高いレベルで競争が行われています。
飲食業界全体で稼ぐ利益は限られているのですから、多くの飲食業者が参入して業界の利益を奪い合う非常に競争環境が熾烈な業界であるということです。
わざわざこんな競争の厳しい業界に入らなくてもと思うわけですが、料理を極めたいと志してこの世界に入ってくる人は後を絶ちません。

コロナ禍になってからは外食を控えざるを得ず、内食や中食の需要が大きく伸びましたが、実はコロナ禍の前からじわりと中食市場は伸びを見せていました。
美味しい総菜を買って自宅で食べる中食がコスト的にもリーズナブルだということで倹約家やおうちごはんの愛好家を中心にその市場は伸びていました。

また、自分が外食をする時のことを思い出してほしいのですが、家族と食事する店、友人と食事をする店、接待で顧客をもてなすために使う店、ランチで通う店等々、様々な文脈で僕たちはお店を使い分けていますが、各々の文脈で使う店は3つから多くて5つくらいではないでしょうか。
家族で外食(ディナー)するという場合、イタリアンならあの店、中華ならあの店、和食ならこの店などというようにほぼお店は決まっていて、その数は3つから5つ程度のはずなのです。
そして、その中から今日行く店が一定確率で選択されるわけなので、自分の店がそもそもこの3つから5つの候補に入っていないのであれば、絶対に食べに来てもらうことはできないわけです。

論点(イシュー)は何か?

多くの飲食店が犯している間違いは、ロイヤリティ顧客を育て上げて何度も店に足を運んでもらって、売上を上げようと漠然と考えていることです。このお店の場合、経済的に裕福な50歳以上の中小企業経営者をターゲットとして、月に何度も訪れてくれるロイヤリティが高いと思われるお客様にサービスをして、次回も早期に来店してもらおうとしていますが、こういったロイヤリティが高いと思われるお客様は何人いるのでしょうか。

自分の感覚に当てはめてもらえば理解出来ると思いますが、大好きな割烹に年に何回行きますか?ほとんどの方は年に数回程度ではないでしょうか。そしてその店がどれだけ手厚くもてなしてくれたとしても、いつかはその店を訪れることがなくなると思いませんか。昔あれほど通ったお店なのにいつの間にか全く行かなくなって記憶の彼方にお店の名前も飛んで行ってしまっていたなど。

この飲食業グループは、どういった人にどういった文脈で頭の中に想起されるかというと、経済的に裕福な50歳以上の人たちが奥様と、あるいは仲の良い友人と美味しい食事を楽しみたいという文脈で想起されることになると思います。
逆に言えば、そういった人たちにしか想起してもらえない、そういった文脈でしか想起してもらえないということができ、つまりは、極めて限定された場面でしか利用してもらえないということになるのです。

しかも複数店舗が同じブランド名で、同じ料理と価格帯で、さらに同じ雰囲気の店内空間の中で料理を提供していますから、同じ地域内で、同じ文脈で想起されるブランドとしてカニばっているとも言えるわけです。

以上から、この会社の抱えている論点(イシュー)は、自社ブランドを想起してもらえる文脈が非常に限定的であり、さらにその文脈の中でグループ内において競合してしまっていることなのです。
料理の味のレベルがばらついているとか、サービススタッフの退職率が高いとかなどは確かに問題かもしれませんが、会社の抱えている大論点(解決するべき問題)である「売上が減少していること」に対しては、それらの原因の解決は大した効果は持ちえないのです。
事業再生のコンサルタントによっては、サービススタッフのおもてなしのレベルが低いから、おもてなし研修をしましょうなどのアイデアを実行させようとするかもしれませんが、全くの見当外れもいいところで、そんなことをやっても売上の回復には決して結びつきません。

設定課題は何か?具体策は何か?

さて、論点(イシュー)を「自社ブランドを想起してもらえる文脈が非常に限定的であり、さらにその文脈の中でグループ内において競合してしまっていること」と特定したならば、課題は「自社ブランドが想起される文脈を増やす」と設定できます。

そして、その設定された課題の方向で具体的な対策を考えれば、複数ある店舗を同一ブランドの中で価格帯を変えて、美味しいもの好きの50歳以上とした本店のターゲットとは異なる年代や嗜好やお店の雰囲気などでセグメント&ターゲティングを行い、グループ内の店舗全体で全方位ターゲティングを行うように支店を変えていくことになります。

具体的には、本店は従来通りの高価格帯で美味しい料理を堪能できる店、A支店は中価格帯で若者がデートで利用したり、仲間内で集まって美味しい和食を楽しむことができる店に、C支店は日本の美味しい地酒と美味しい和食を楽しむ店に、D支店は和食とフレンチ、イタリアン、コリアン等のフュージョン料理の店にと様々な文脈でブランドが想起される確率を上げることで売上を上げていくこととしました。
もちろん、Webサイトのコンテンツの開発を伴うコンテンツ・マーケティングの実施、SNS運用の開始など、デジタルを使った認知の拡大策は積極的に行うとともに、地元のメディアを中心にPRによる認知の拡大策も講じることとしました。

債権者(銀行)の対応

もちろん内装を必要がある店舗もあって若干の投資は必要となりましたが、経営改善計画書を作成してメイン銀行に説明したところ、保証協会の保証付き融資ではありましたが、ニュー・マネーを投入して頂けることとなって、同一ブランドの中でマスター・ブランドとディフュージョン・ブランドとを分けて管理し、ブランド拡張による文脈の多義化を図ってブランド想起の確率を上げる試みにチャレンジすることができました。

事業再生プログラム実行の結果

プログラムを実行した結果、グループ全体の売上高は着実に成果を出して増加し、その成功体験によってスタッフのモチベーションは急激にアップして、組織文化も自然と「チャレンジする風土」へと変わっていきました。
もともと料理の技術は安定して高いものを持っていた企業なので、その技術をキーとして、事業コンセプトを従来の「美味しい和食」から「美味しい料理を頂く楽しい時間」へと変更させ、事業を行うカテゴリーのレイヤーを一段上げた結果、和食のみならず、和食をベースとしたさまざまな国籍の料理をも扱う新しい業態として、現在ではさらなる成長の機会を模索しています。
それまで手薄だった自社のECサイトで販売する商品の開発なども積極的に行うようになって、新たな収益機会の確保にもスタッフ一同が一丸となって取り組んでいます。

まとめ

高価格帯の飲食店を展開している企業が犯しやすい間違いは、「うちのブランドはそんな安売りをしてはいけない。そんな安い価格帯の店を出すことはできない」というものです。

こういった思い込みは商品やサービスを提供する企業側の思い込みであることが多く、価格帯が異なったとしてもそのこと自体で顧客からすればブランド価値が低下するものではありません。
ブランドとは、顧客の頭の中に存在するその企業や商品に関わる一連の記憶の塊(スキーマ)なのですから、その記憶要素を増やしてあげて、様々な文脈で想起してもらうことの方が売上増加のためにはよほど大切なのです。

さらに、「うちは和食のブランドだから、和食以外は出せないんだ。」という思い込みもあります。
我々の頭の中にある「和食カテゴリー」の境界線は非常に曖昧であり、このカテゴリーの中心には「代表的和食」として架空の料理を我々は持っており、その代表的和食に重なる飲食ブランドをいくつか記憶に中に保有しています。
その中心からどれくらい離れると和食でなくなるのかは生活者各人で異なりますが、イタリアンっぽい和食もフレンチっぽい和食も中華っぽい和食も存在するわけで、生活者からすればそれは和食と捉えられるものであれば、ブランドのオリジナルなカテゴリーを逸脱するものではありません。

売上の小さいニッチな市場を「高価格帯の代表的和食」で攻めるのも戦略としてはあり得ますが、売上が大きくなることはありません。売上を伸ばし成長を考えるのであれば、様々な文脈で想起されるブランドを作ることが大切なのです。