マーケティングの歴史【マクロ環境の影響を受けて変化します】

マーケティングの歴史ってどんなものだろう。
マーケティングって比較的新しい学問だそうであるが、社会科学である以上、各々の時代の経済環境の変化に合わせて、変化しているはずだ。

マーケティングの歴史を知ることで、現代的なマーケティングに求められることもより明確になるのだろう。

マーケティングって、自然科学のように普遍的な法則だけで成り立っているわけではなくて、社会科学であることから、各々の時代の要請に合わせて変化し続けているわけです。

この記事を読むことで、マーケティングの歴史がよく理解できるようになって、現代に求められるその内容が比較対象の効果から、より鮮明に理解できるようになります。

本記事は、中堅・中小企業の事業再生に取組んで20年以上、200社以上の再生案件に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生に導いてきた事業再生のプロである公認会計士が書きました。

マーケティングの歴史

マーケティングの歴史結論から申し上げると、現代のマーケティングに求められる機能は非常に広範なものになっており、人間の最終的な欲求とされる自己実現欲求まで満たす機能さえも実装することを求められています。

マーケティングを駆使して人々の欲求に応える側からすれば、多くのことを考慮に入れながらマーケティングを考える必要があるので、大変な時代になった感がしますが、見方を変えれば、マーケティング思考で解決できる対象の範囲も大きく拡大しているわけです。

マーケティングの大家であるフィリップ・コトラー先生の時代区分によれば、マーケティングには、1.0、2.0、3.0、4.0の4つの時代区分があり、現代はマーケティング4.0に時代に突入しているとされています。

ここで間違ってはいけないのは、各々の時代が過ぎるとマーケティングに求められる内容が全く変わってしまうということではなく、前の時代に求められた要素を残しつつも新しい要素を取り組むことが求められるということであり、マーケティング4.0の時代の現代では、それ以前のマーケティングに必要な要素も踏まえつつ、自己実現欲求というより高次な欲求にも応えていく必要があるということなのです。

歴史を学ぶことの重要性

歴史を学ぶことの重要性マーケティングに限らず歴史を知ることはとても重要だと私は考えています。

その理由は2つあって、1つには、歴史は最も強い因果関係でできているということ、つまりは最高のロジックであるということ。

藤原道長が権勢を極めて栄華を誇ったのは、摂政関白の役職に就いたからではなく、4人の娘を嫁がせて皇后とし、天皇と外戚関係を結んだからであり、4人の娘を天皇家へ嫁がせたことが原因となって、当時の藤原氏が栄華を極めたという結果を生じせしめています。

歴史学は過去に生じたすべての事実を掘り起こすことなどできないのは当たり前で、残されたわずかな記録上の史実を頼りにして、その史実と史実の間を埋めていく作業を行う学問ですが、その隙間を埋めていく想像力と創造力は、論理という強い因果関係を必要とします。
そうでなければ、ただの空想として一蹴されてしまうからであり、現代まで生き残っている歴史という創作物はその論理が非常に明快で強いからなのでしょう。

よって、我々が学ぶ歴史は因果関係の宝庫であって、因果のロジックを学ぶには最高の教材であるということなのであり、学ばない手はないということになります。

もう1つの理由は、歴史によって過去を知ることで現在との対比が可能となり、現在以外の現実がこの世に存在しうることを示唆してくれるからです。
つまり、現在は永遠に現在のままで留まることはなく、素晴らしい未来を作り上げる可能性を秘めたものであるということが歴史を学ぶことで初めて理解可能となるからです。

マーケティングについても当然に同じことがあてはまります。
昔のマーケティングを知ることで、その学問が置かれた経済環境の影響をどのように受けていたのかが理解でき、現在の経済環境下でのマーケティングの有り様が演繹的に定義されてきたりします。

歴史を学ぶ意味などないと断言される方が多い昨今ですが、多角的な視点を持つための1つの道筋として、歴史を学ぶことはとても大切だと思うのです。

前置きが長くなりましたが、マーケティングの歴史を見ていきましょう。

マーケティング・コンセプトの変遷

マーケティング・コンセプトの変遷経済環境が変化すれば、それを自分の置かれた文脈の変化と感じ取る人間の心理に影響を与えます。
人間の心理に影響が加わることで、特定のモノやサービスに対するインサイト、または、日常生活を送る上でのインサイトが変化します。

人間の行動が心理に支配されることが大きいことを考えると、マーケティングの考え方も変わってくることになります。

そういうわけで、マーケティングにも歴史というものが存在することとなり、その歴史は、コトラー先生の言葉を借りれば、その黎明期よりマーケティング1.0、マーケティング2.0、マーケティング3.0、マーケティング4.0の4つの時代に区分されています。

これら4つの時代を1つ1つ見ていきましょう。

マーケティング1.0

コトラーがマーケティング1.0の時代と呼ぶのは、1973年の第1次オイルショックの前後までです。

産業革命以降の科学技術の発展に恩恵を受けて、新しい技術に裏打ちされた新しいコンセプトの商品が発売されると、まだまだモノが不足していた時代を背景にして人々は羨望のまなざしでそれらを見つめました。

高度成長期に入ると生活者の所得の伸びは大きくなり購買力も高まりましたが、それまでは多くの生活者の可処分所得が多いわけではなかったので、製造して販売する側は、「いかにたくさん作って、いかに安く売って、いかにたくさんの人の手にとってもらうか。」が経営上の大きな課題であり、そのようにして出来上がった商品を、多くの人に認知してもらう広告が大きな役割を果たしました。

この時代のマーケティングの中心は、新しい技術等を背景にして生活者の欲望を刺激する製品を開発することにあり、大量生産によって価格をぎりぎりまで下げ、マス・マーケティングと呼ばれる手法で製品の機能を全国民に訴求することが大きなテーマでした。

たとえば、T型フォード。
T型の一種類の車を、黒という一色だけで大量生産することで、自動車の価格を劇的に下げ、移動の手段としては馬車が一般的だった世界をガラリと変え、1907年に発売されるや否や、一気に馬車に取って代わる存在となりました。
誰もが欲しがる自動車という新しいコンセプトの商品を、大量生産によって多くの人が購入できる価格にまで下げ、広告で世の中の認知を広くとって大成功をおさめました。

たとえば、コカ・コーラ。
コカ・コーラが発明されて販売が開始されたのが1886年で、見た目は真っ黒な衝撃的な液体で、口に含むとシュワシュワして甘くて美味しいという当時では珍しく、誰もが欲しくなる飲み物でした。
コカ・コーラという飲料を広く世の中に認知させようと「いつでも、どこでも、だれにでも」というスローガンのもと、広告が展開され、すべての消費者に対して同じメッセージを送るというマス・マーケティングの手法が大きな効果を果たしました。

このように、人々の欲望を刺激する新製品を開発して、新しい機能的価値を、大量生産による低価格で提供し、マス広告で多くの生活者に伝えて販売することがマーケティング1.0時代の特徴だったと言えます。

そして、この時代に生まれたマーケティングの有名なフレームワークが4Pでした。
1950年代にハーバード大学のニール・ボーデン教授がマーケティング・ミックスという概念を提唱しました。
マーケティング・ミックスとは、マーケティング戦略において、望ましい反応を市場から引き出すために、マーケティング・ツールを組み合わせることをいい、彼は14個ほどのマーケティング・ツールを組み合わせることを考えました。

その後、1962年になって、そのマーケティング・ミックスを4つにまで絞りましたが、この4つが現代でも「マーケティングの4P」として語られているものであり、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、販売促進(Promotion)の頭文字を各々とったものです。

この時代にマーケティング・ミックスなる概念が生まれた理由は、新製品を開発したら、あとは価格をできうる限り下げて、マス広告を打ち、多くの流通小売に置いてもらうことがとても重要であり、新しい製品を開発したならば、4P以外に考える必要がなかったからです。

マーケティング2.0

多くの生活者の手に、同一機能の同じものが行き渡ると、ヒトとは不思議なもので、他の人とは違うものが欲しくなるように仕組まれているようです。
高度成長期で所得の増加と共に、生活者の多くは他人とは違うものに対する欲望というものが、安価な大量生産品の背後に生まれてきました。

新しい機能的価値の提供による未充足欲求の充足は、より高次なレベルの欲求を刺激してしまうように出来ています。
T型フォードの大成功は、人々の自動車に対する欲望を満たしただけではなく、人々の自動車に対する欲望自体をより高次な欲望へと変えてしまうことにも貢献してしまったのです。

また、1973年の石油ショック以降、経済の高度成長は終わりを告げ、低成長の時代へと入りました。
この頃には様々な業界で、超過利潤を求めた多角化による新規参入が起こりましたが、どれもこれも似たり寄ったりの製品で、明確なポジションを持つものはありませんでした。

売上の拡大を求めて多角化を図ってきた多くの企業は、多くの業界での需要の停滞から、多角化に変えて、「競争」という概念を採り入れ、ライバル企業から顧客を奪うことに経営の関心が移りました。

このようなマクロ環境の変化の中で、マーケティングに求められる機能も当然に変化しました。
大量生産による低価格で、見栄えのしないありきたりな商品をすべての人に買ってもらおうとする従来型のマーケティング1.0の考え方では、生活者に見向きもされなくなりました。

そこで、新たに登場したのがSTPという概念でした。

すべての潜在的な顧客にリーチして、機能的価値からのみ欲求を刺激するという方法では、もはや関心をとれなくなっていましたから、特定の顧客に絞って、その特定の顧客のニーズに合うような製品やサービスを提供するべきであるという考え方です。

市場を定義し、その市場を細分化(Segmentation)し、細分化した市場から自社が獲得できそうな層を標的市場(Targeting)に定め、その顧客層の頭の中に自社製品の位置取り(Positioning)を行う一連の思考プロセスをまとめたものがマーケティングのSTPということになります。

このように、マーケティング2.0の時代には、競争という概念の下で競合先といかに差別化するかというポイントがマーケティングの中心概念となり、その思考ツールとしてマーケティングのSTPが用いられ、自社独自のポジショニングの獲得を目指したわけです。

また、生活者の頭の中に自社製品の位置取り、すなわちポジショニングまで考えるということは、裏を返せば、製品の機能的価値だけではなく、機能的価値がもたらす情緒的価値まで考えて、差別化を行うことに繋がります。

製品の機能的価値を合理的に判断するだけでなく、その情緒的価値を心理的に受け入れることも、生活者の購買意思決定に大きく関与することと考えられるようになったことから、マーケティング1.0の時代を製品志向のマーケティングと呼ぶのに対して、マーケティング2.0の時代を消費者志向のマーケティングと呼ぶのです。

セグメンテーションについては、下記の記事を参考になさってください。

マーケティング3.0

デジタルツールを日常的に使いこなすようになった生活者は、商品やサービスについても多くの情報を入手できるようになっており、さらにはSNSの発達によって、企業の中の事情まで広く知ることが可能となってきました。

また、先進国では豊かな暮らしを享受している一方で、貧困で今日食べる物にも事欠く者がまだまだ多く存在していたり、衛生環境の劣悪さから子供の多くが命を落としたり、戦争が絶えず子供が兵隊に駆り出されたりといったような、人類が解決しなくてはならない多くの社会問題が残されています。

このように、ますます生活者の手にする情報が多くなって、生活者は企業が提供する製品やサービスの機能的価値や情緒的価値だけではなく、その企業自体が、もしくはその企業の製品やサービスが、社会問題を多く抱えているこの世界をいかに良くすることに役立っているかという側面も、消費行動に影響を与えるようになっています。

そして、企業は社会の中で「善」として存在することを求める生活者が徐々に増え始め、CSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)などの概念も、世界の中で存在する企業の当然の責務として捉えられるようになってきています。

このように、マーケティング3.0の時代には、消費者はもはや「消費する」局面だけで捉えるべき存在ではなくなっており、機能的価値、情緒的価値に加えて、より高次な精神的な価値までも含めて、購買を決定する要因とする全人格的な存在と捉えなければならないとするものです。

私がこれまで文中で、「消費者」という言葉を遣わずに「生活者」という言葉を遣っているのも、このような現代的なマーケティングの示唆を受けてきたからなのです。

このように生活者が成熟している時代には、企業がミッションやビジョンを強い言葉で明示して、自社の存在意義や目指すべき素晴らしいより良い世界の風景を魅せることがとても有効になります。

製品から得られる機能的価値や情緒的価値のレベルに大差がないならば、より良い世界を目指している企業が提供する製品を選ぶ人が多いでしょう。

また、別の視点からマーケティング3.0を語るのであれば、先進国では市場が成熟して久しく、ほとんど全てのカテゴリーで高いレベルでの競争がなされていて、高品質な製品やサービスが、リーズナブルな価格で提供されている中で、差別化を図ることがとても難しくなっていることを指摘できると思います。

こんな成熟化市場では、製品やサービスの購買決定要因の一つとして、企業のミッションやビジョンが大きな役割を果たすことになるからですね。

以上から、マーケティング3.0では、企業の製品やサービスが世界をより良くする価値を持つかどうか、企業自身が世界をより良い場所にすることを目的としているかどうかが求められ、消費者ではなく全人格的な生活者に正直に対峙することが求められるのです。

マーケティング4.0

アメリカの心理学者であったアブラハム・マズロー(1908 – 1970年)に欲求5段階説という理論があります。

マズローの欲求5段階説を表現するピラミッド(画像出所:野村総合研究所)

マズローは、1943年に論文「人間の動機づけに関する理論」を発表し、その中で欲求5段階設の考え方を示しています。
自己実現理論ともよばれるこの理論は、人間は自己実現を目指して絶えず成長するものであるとの仮定から、人間の欲求を5段階の階層で説明しました。

この5段階の欲求は、ピラミッド状の階層構造を成し、より低位の欲求が満たされると、より高位の欲求が新たに現れることを示しており、低位とされる欲求の順に、「生理的欲求」、「安全欲求」、「社会的(親和)欲求」、「承認欲求」、「自己実現欲求」とされています。

まだまだ世界の中には、最も低位な欲求である生理的欲求や、安全欲求も満たされない国も存在しますが、多くの先進国ではこういった低位な欲求は勿論のこと、何らかの集団に属して他人と接していたいという社会的(親和)欲求や、他者から価値ある人間だと思われたい承認欲求さえも満たされている人が多くなってきました。

昔は、ブランドの服を着ているとか、高級外車に乗ったり、高級時計を身に付けていることで自分のアイデンティティを示すことで承認を欲求を満たす人が多かったように思いますが、ソーシャルメディアが世の中のインフラとして定着した現代では、自分が発信する情報にいいね!などのエンゲージメントをもらうことで、承認欲求が満たされる機会が多くなりました。

こういったことで、現代は承認欲求まで一気に満たされる人が、ソーシャルメディアの登場以前に比べると圧倒的に多くなっているように思います。

マズローの欲求5段階設によれば、承認欲求まで満たされた人が次に求めるのは自己実現欲求ということになりますが、現代においては、承認欲求まで満たされた人でも、一部の人間を除いて、まだまだこの自己実現欲求を満たしているわけではありません。

以上のようなことから、多くの人間が自己実現に邁進しているのが現代の特徴だと言えるわけです。

こういった環境の変化を受けて、マーケティングもさらに変化をする必要があり、マーケティングは人の自己実現の手助けをする機能も持つことをも求められるようになっています。
つまり、人間の自己実現を手助けするような製品やサービスへのニーズに応えていくことが求められているということです。

盛田昭夫やスティーブ・ジョブスのような人間になって世界を変えてしまうような製品・サービスを世に送り出すという形で自己実現を図りたい人がいるのであれば、その自己実現欲求に寄り添うようなサービスを考えることが、マーケティング4.0の時代に求められるのです。

里山の崩壊が叫ばれて久しい日本ですが、そういった問題に取り組んで環境問題に貢献したいという形での自己実現を追い求める若者には、それが達成できる機会を提供することが、マーケティング4.0には求められるということです。

マーケティングは文脈依存である。

マーケティングは文脈依存である。マーケティングはその黎明期から時代ごとのマクロ経済環境の変化を受けて、大きく変容しています。
マーケティングが社会科学であることを考えれば、文脈依存であることからは逃れられないわけです。

各々の時代におけるマーケティングの役割を、コトラー先生の時代区分によって見直すことで、マクロ経済環境とのかかわりの中でマーケティングは存在し、時代の要請に従って柔軟に変化をすることが求められるのがマーケティングであるという理解が進むのですね。

新しく学んだマーケティングの考え方が未来永劫正しいものではなく、常に時代の要請に従って変化するべきものだということを常に頭の中に置きながら、事業再生の実務に取り組む必要があるのです。

事業再生におけるマーケティング・コンセプト

事業再生におけるマーケティング・コンセプト事業再生の現場で使うマーケティングは、コトラー先生が示して頂いているマーケティング1.0から4.0まで縦横無尽に思考の中で結びついていないといけません。マーケティング2.0の重要なコンセプトであったSTPによって差別化を意識して、そこを起点にマーケティング1.0の時代に生まれた4Pで施策を考えます。

また、自社の存在意義やビジネスを通じて辿り着きたい素晴らしい世界の姿を、魅力的な風景を見せる言葉で紡ぐことも、さらには、顧客の自己実現の達成をビジネスを通じてお手伝いするくらいの存在にクライアントがなるべく、思考を巡らさなくてはなりません。

こういったマーケティング3.0や4.0の高い視座と視点で、クライアントのビジネスを俯瞰することもとても大事なことです。
特に老舗と言われる企業が窮境にあるような場合には、リ・ブランディングの観点から、マーケティング3.0や4.0はとても大切な視点となります。

マーケティング思考については、下記の記事を参考になさってください。

事業再生におけるマーケティングの重要性については、下記の記事を参考になさってください。