VRIO分析というフレームワークを学んで、経営資源に関する4つの問いに答えてみたものの、結局これをどのように戦略策定につなげていけばいいのかよくわからないので、わかりやすく詳しく説明してもらえるとありがたい。
このようなお悩みをお持ちの、学びと実践を大切にする経営者の方はとても多いように思われます。
この記事を読むことで、マーケティング戦略を考える際に、VRIO分析を実施するフェーズと、その分析方法が理解でき、ビジネスに役立つマーケティング戦略を立案できる可能性が高まります。
本記事は中堅・中小企業の事業再生に取り組んで20年以上、200社超の再生案件に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生へと導いてきた、企業再生のプロフェッショナルである公認会計士が書きました。
事業再構築補助金に採択される方法については、下記の記事を参考にされてください。
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VRIO分析とは何か?
VRIO(ブリオと読みます)分析とは、企業内部の経営資源が持つ強みのレベルを評価するためのフレームワークです。
企業内部にある経営資源を、4つの視点から評価し、強みや競争優位性がどこにあるのかを見極めることで、戦略の策定の役立てることを目的にしています。
VRIO分析は、競争戦略論の2つの大きな流れのうち、企業が有する経営資源の中に、競争優位の源泉を見出す「リソース・ベースト・ビュー(以下RBV)=資源ベース理論」という理論のコアとなる分析フレームワークであり、RBVの大家であるJ.B.バーニーによって考案・提唱されました。
RBVは、M.E.ポーターのポジショニング理論に対するアンチテーゼとして生まれてきた理論で、ポーターのポジショニング理論が、企業の競争優位の源泉は、ポジショニングにこそあるとしたのに対して、J.B.バーニーのRBVは、企業の競争優位の源泉は、企業内部の経営資源やその活用能力(組織能力という)にあるとしました。
どちらが正しくて、どちらが間違っているという話ではなく、お互いに補完しあう関係にある理論であり、どちらの理論も洞察にとんだ素晴らしい理論であって、双方の理論のエッセンスを考えながら、実際の戦略の構築に生かすべきというのが、筆者の考えるところです。
さて、J.B.バーニーが提唱したVRIO分析の4つの視点とは、①Value(経済的価値)、②Rarity(希少性)、③Imitability(模倣困難性)、④Organization(組織)であり、これらの頭文字を取って、VRIO分析と呼ばれています。
また、RBVにおける経営資源には、有形資産(企業が所有している生産設備や不動産など)、無形資産(これまで培ってきたブランドネームや特許など)だけでなく、組織的能力(顧客対応能力など、組織としての得意領域)が含まれている点が、この理論の奥深さを表しています。
VRIO分析の位置づけ
戦略を策定するためには、経営環境の分析を実施する必要があります。
なぜならば、ビジネスは、環境の変化を受けてその心理を変動させる生活者を相手に展開するものなので、生活者のインサイトに影響を与える環境の変化や今後の趨勢についてはしっかり理解しておく必要があるからです。
ところで、企業を取り巻く外部環境には、マクロ環境とミクロ環境の2つがあります。
マクロ環境とは、企業の外部の経営環境のうち、政治や経済の動向、社会の趨勢、技術革新など世の中全体に関するものであり、自社ではコントロールできないという特徴を持つものであり、この分析はPEST分析というフレームワークで効率的に分析を行います。
これに対して、ミクロ環境とは、顧客のニーズや競合先の動向などといった、自社の行動に対して何らかの反応を生じせしめることが可能で、一定程度影響力を行使できる外部環境をいい、この分析には3C分析というフレームワークを使います。
そして、3C分析のうちの1つであるCompany(自社)の分析に際して、その保有する経営資源の分析を担うのがVRIO分析ということになります。
3C分析については、下記の記事を参考にされてください。
3C分析を学んではみたものの、結局この分析で何を考えればいいのかがよくわからないし、他の分析フレームワークとの関係もよく理理解できない。誰か、このフレームワークの分析の勘所を教えてほしい。こんなお悩みをお抱えの経営者の方は必見です。
市場に定義については、下記の記事を参考にされてください。
戦略を考える前には市場の定義を考える必要があるらしいのだが、それはいったい何を決めることなのだろう。市場が定義できないと戦略が策定できないのだから、誰かわかりやすく教えてほしい。理論と実践を重視する経営者のこんなお悩みに回答します。
VRIO分析のメリットとデメリット
メリット
VRIO分析を行うことによって、自社が保有する経営資源という観点から、自社の強みと弱みを浮き彫りにすることができます。
つまり、自分の会社のどのようなところに競争優位性があるのかが明らかになるとともに、どのような弱みを克服し、強化するべきかという経営上の課題についても把握できることになります。
さらに、経営資源に基づく競争優位性を生かした事業戦略を策定することが可能になります。
デメリット
VRIO分析は、バリュー・チェン分析を行ったうえで、各々の機能組織上に存在する経営資源を把握することが、まず必要になります。
その上で、各々の経営資源について4つの視点(VRIO)での問いを発して、各々の経営資源の評価を行うことになりますが、バリュー・チェーン上に存在する経営資源は非常に多くのものが挙げられてくるはずなので、分析に非常に時間がかかるというデメリットが存在します。
中小企業レベルであれば、個々の設備や、各スタッフ1人1人までくまなく、経営資源をピックアップして検討・評価することは可能でしょうが、非常に多くの事業を抱えた大企業となると、分析対象のレイヤー(企業集団、各企業、各事業、各事業所等々)を明確にして、分析の粒度も事前に決めておかないと、果てしない分析の泥沼に落ち込む羽目になってしまいます。
逆に言えば、中小企業はVRIO分析を詳細に実施することで、経営資源の棚卸を行えて今後の経営課題も明確になるなどメリットは非常に大きいと思われます。
また、VRIO分析の評価で一番難しいのは、そもそも競合の内部環境は把握できないという点です。
3C分析でも競合ブランドの経営資源分析にはVRIO分析を用いずに、ヒト・モノ・カネ・情報の視点での分析を実施することを説明しましたが、それはまさに、競合の内部環境は把握できないからです。
VRIO分析による自社の経営資源分析でも、希少性や模倣困難性は競合と比較する必要がありますが、そもそも競合の内部環境などはそうそう簡単にわかるものでもなく、特に日常の仕事に取り込まれて社内でも可視化できていないような経営資源の場合には、社内に入れてもらって調査したところで、認知できるものではありません。
競合が上場企業であれば、IR情報等で全社的な粒度の粗い情報を把握することはできますが、自社の経営資源の分析粒度が細かくなればなるほど、比較対象としては利用できなくなります。
そのため、可能な範囲で評価基準を設定しないと分析そのものが進まないことになりますので、分析についてはある程度の割り切りは必要になってくるでしょう。
VRIO分析の4つの問い
では、VRIO分析の4つの問いについて順番に見ていきましょう。
Value(経済的価値)に関する問い
Value(経済的価値)に関する問いとは、「その企業の保有する経営資源やケイパビリティは、その企業が外部環境における脅威や機会に適応することを可能にするか。」というものです。
この問いを満たす経営資源を、経済価値のある経営資源と呼びます。
また、「脅威や機会に適応することを可能とする経営資源」とは、「機会をうまく捉えることができる経営資源」や「脅威を無力化することができる経営資源」のことをいいます。
そして、機会をうまく捉えたり、脅威を無力化することができる経営資源とは、結局のところ、売上を増大させるかコストを低減させたりすることを可能とする経営資源のことに他なりません。
このことは、バーニーの著書の中の記述を見れば明らかです。
企業の経営資源やケイパビリティに経済価値があると求められるのは、その企業がそれらを保有していなかった場合と比較して、企業の正味コストが減少するか、企業の売上を増大するか、そのどちらかの場合である。
(引用:企業戦略論【上】基本編 競争優位の構築と持続 P253)
VRIO分析の経済価値の判定が難しいとはよく言われることですが、それは、抽象的な言葉で記述されたこの問いを、感覚的に経営資源に当てはめているからではないでしょうか。
上に書いたように、「売上を増大させるか、コストを低減させるかのどちらかのベネフィットを与えるもの」が経営資源なのであり、これはまさに会計学における資産の定義=将来の経済的効益(=Future Economic Benefit)に他なりません。
このような視点で、各々の経営資源の経済的価値の問いに答えてみましょう。
Rarity(希少性)に関する問い
Rarity(希少性)に関する問いとは、「その経営資源を現在コントロールしているのは、ごく少数の競合企業だろうか。」というものです。
「希少性(Rarity)」は、自社の経営資源が市場でどれだけ珍しいかを示す度合いです。
つまり、希少性が高いということは、対象となる経営資源が競合企業の多くに普及しているものではないということです。
さきほどの「価値(Value)」の評価が高い経営資源を保有していたとしても、それをどの競合他社も持っていれば、競争優位に立つ上では有力な武器にはなり得るものではなく、せいぜい競争均衡の源泉になるものでしかありません。
経済価値はあるが希少ではない経営資源は、業界における競争均衡を作り出し、企業の生存を保証するものとして認識するべきものなのです。
1社として競争優位を獲得できる企業はないものの、その業界の企業が生き残る確率は増大するものになります。
希少性は、販売戦略において成功の鍵となる重要な要素であり、市場において珍しく、希少価値の高いものであるか という点に注目して評価を行うことになります。
たとえば、「自社開発した独自性の高い生産技術」を保有し、かつそれが顧客からの受注理由になっているとすれば、それは希少性が高い経営資源であると言うことが出来ます。
さて、経済価値があって希少性もある経営資源を保有している企業は、一時的ではありますが競争優位を獲得することができることになります。
一時的と書いたのは、競合企業がその経済価値のある希少な経営資源を模倣することができたならば、競争均衡の状態に戻ってしまうからなのです。
Imitability(模倣困難性)に関する問い
Imitability(模倣困難性)に関する問いとは、「その経営資源を保有していない企業は、その経営資源を獲得あるいは開発する際にコスト上の不利に直面するだろうか。」というものです。
非常にまどろっこしい書き方をしていますが、要するに、「対象となる経営資源は、競合企業が模倣をしようとした場合に、大きなコストが必要となるかどうか」ということです。
もしも、その経営資源を模倣するために大きなコストがかかるようであるなら、つまりは実質的に模倣困難であるならば、その経営資源を有している企業は、一時的ではなく、持続的な競争優位の源泉を確保したと言えることになります。
反対に、その経営資源を模倣するために大きなコストがかからない場合には、競合企業は市場からその経営資源を簡単に調達できてしまうため、獲得できる競争優位は一時的なものに留まり、やがて競争均衡の状態に移行します。
こういった競争優位の源泉となる模倣困難な経営資源を、模倣困難ならしめている原因は以下に示すように、4つあるとされています。
順に1つずつ見ていきましょう。
独自の歴史的条件
企業が特定の経営資源を獲得、開発、活用する能力というものは、その企業が「いつどこにいたか?」に依存します。
いったんその時点や歴史が過ぎ去ってしまうと、その獲得が空間と時間に依存する経営資源を持たない企業は、著しいコスト上の不利を被ることになります。
なぜなら、その経営資源を獲得するには過ぎ去った歴史をもう一度再現しなければならないからなのです。
アメリカの建設什器大手のキャタピラー社が世界的な供給販売網を持つに至ったのは、第二次大戦前にアメリカ政府が世界中に軍事基地を整備するために建設用機器を供給する専属メーカーを選定する際に、グローバルなアフターサービス体制を構築・運営することを求めたことに対して、キャタピラー社がこの条件を受け入れたからであり、アメリカ政府はサービス網の整備に必要な資金に充当するように、納品される建設什器に対して十分な対価を支払ったからなのです。
同業他社が、世界中に張り巡らされた販売網という経営資源を入手するためには、こういった歴史を再現してアメリカ政府から多額に財政的支援を受けなければなりませんが、そのようなことは出来っこありません。
このように、長い年月をかけて生み出した経営資源を手に入れるには、多くのコストがかかることを、時間圧縮の不経済と呼んでいます。
また、経営資源の獲得によって競争優位性が形成されていくプロセスには、経路依存性というものも影響を与えています。
経路依存性とは、その企業が辿った歴史の出来事の順序が、競争優位性の形成にかかわっているとするものです。
つまり、経営資源Xを手に入れるためには、その前提として経営資源Yと経営資源Zを手に入れておく必要があるなど、「順番」が重要であるということです。
Googleカーの開発をトヨタ自動車ともに行うことができているのも、検索エンジンの開発が成功してGoogle広告で莫大な収益を確保することができていたからですし、ダイソンが空気清浄機でシェアが取れたのは、掃除機の開発に成功して世界中にそのブランドを浸透させていたからなのです。
このように順を追って獲得した経営資源は完全に模倣することはほぼ不可能だと言えるのです。
因果関係不明瞭性
因果関係不明瞭性とは、企業の持つ競争優位性(結果)と経営資源(原因)との関係がはっきりと見えないような状態のことをいいます。
こういった場合には、競争優位性を導いている原因としての経営資源が一体何なのかの特定をすることができないので、そのほかの競合会社は模倣することが極めて困難になります。
第1に、競争優位を生じさせている経営資源が、社内の人からすればあまりにも当たり前すぎることで、日々の業務に織り込まれているものなので、その存在に誰も気づかないという類のものが考えられます。
いわゆる「見えざる資産=invisible assets」と呼ばれているもので、スタッフの人間関係や、顧客やサプライヤーとの関係、組織文化などが挙げられます。
第2に、経営資源らしきものの存在に社内では気付いており、複数の仮説を持つものの、どれが単独で競争優位をもたらせたのか、いくつかの経営資源が組み合わさってもたらせたのかの評価ができない場合です。
第3には、ほんの2つ3つの経営資源によって競争優位がもたらされるのでなく、何百、何千という小さな要素が組み合わさって競争優位を形成する場合があります。
トヨタ自動車のトヨタ生産方式などはその代表的な事例だと言えるでしょう。
トヨタの工場に入ってじっと観察していても、トヨタ自動車の持つ競争優位性の源泉となる経営資源を網羅的に上げることさえ難しいはずです。
社会的複雑性
社会的複雑性とは、経営資源の現象が複雑すぎるために、企業自体も管理することができないようなケースをいいます。
たとえば、社内の連携の強さが顧客から高い評価を受けて、顧客満足度が非常に高いような場合、その社内連携の強さをもたらしている原因として、経営者のリーダーシップ、人事育成制度、人事評価制度、企業理念の浸透、定期異動制度など原因となりそうな要素はたくさん列挙ができますが、その因果関係を明確に決定することはとても困難です。
こういった社会的複雑性が存在する場合には、競合会社が模倣を企てても、実際に模倣することはとても難しくなります。
特許
誰でも理解しやすい模倣困難性が、特許です。
特許があれば、法律的に保護されますので、模倣されることは原則ありません。
しかし、特許が模倣を避ける最強の方法かといえば、一概にそうとも言えません。
特許を取得するためには、対象となる経営資源に関する重要な情報を審査に付し、開示する必要があります。
競合会社はその開示された情報から何らかのヒントを得て、他の技術で同様の便益を得ることができる代替による模倣を企てるかもしれません。
そもそも特許の申請を行わなければ、競合会社はその経営資源の存在に気付くこともなかったかもしれないのです。
このように、特許には一長一短があって、必ずしもメリットばかりの模倣回避の方法ではないのです。
まとめ
以上のように、4つの原因によって模倣困難性が高くなればなるほど持続性が高まり、市場において長期にわたって唯一無二のポジショニングを維持することができるため、新規顧客の獲得、リーピート率の増加、市場シェアの拡大など多くの恩恵を受けることが可能となります。
また、顧客数が増加することによって、商品やサービスに対する使用感や改善ニーズ、新商品に求める機能やデザインなど、顧客の声が集まりやすくなって、マーケティングの側面でも他社よりも大きなアドバンテージを得ることができます。
経済価値のある経営資源に希少性があって、かつ、模倣困難性もあるということになると、その経営資源は持続的競争優位の源泉になるということができます。
しかし、その競争優位を真に実現するには、企業がその経営資源を十分に活用できるように組織されていなくてはなりません。
Organization(組織)に関する問い
Organization(組織)に関する問いとは、「企業が保有する、価値があり希少で模倣コストの大きい経営資源を活用するために、組織的な方針や手続きが整っているだろうか。」というものです。
この問いだけは、経営資源そのものに対するものではなく、経営資源を管理し使いこなす企業の組織に焦点を当てるものです。
経済価値や希少性、模倣可能性を兼ね備えた経営資源に、組織という評価、すなわち、組織構成員の理解や協力体制が加わることで、経営資源の持つ持続的な競争優位性をさらに強固なものにすることが可能になります。
持続的な競争優勢を持つ経営資源を、自社の中核であるコア・コンピタンスに育て上げるためには、組織構成員の理解と協力が必要不可欠になります。
自社が保有する経営資源が生み出す価値や希少性、模倣可能性を、全ての従業員が正しく理解して、競争優位性の維持・向上を常に意識する組織体制を構築することができているか という点が、評価の対象になります。
具体的には、企業による組織体制の確立度合いや、企業文化の醸成、意思決定の速さや柔軟性などが評価の対象となります。
VRIO分析の手順
VRIO分析の目的の明確化
まず初めに行うべきことは、なぜ、VRIO分析を実施するのかというその目的を明確にすることです。
VRIO分析を実施する目的には、たとえば、「自社の強みを把握して競争優位性の有無を確認したい。」、「自社の強みがコア・コンピタンスと呼べるのかの確認をしたい。」、「自社の弱みを把握して経営課題をハックしたい。」、「バリュー・チェーンを評価し、アウトソースを含めた組織の再設計を検討したい。」、「自社の有する事業ごとので経営資源を評価し、将来の投資領域を見極めたい。」など、様々なものが考えられます。
そして、これはVRIO分析に限らず、どのような分析にも該当することですが、分析の目的によって評価する項目も粒度も大きく変わってきます。
特に、このVRIO分析は4つの項目に対して評価まで行う分析手法のため、粒度が細かくなると分析者に対する分析負荷が非常に大きくなってしまうことになります。
VRIO分析の目時を明示せずに、漠然とした状態で詳細な分析を始めてしまうと、「ゴールまで辿り着けない」といった残念な結果に陥る可能性が非常に高くなります。
したがって、まずはVRIO分析を実施する目的をしっかり言語化しておきましょう。
分析レイヤーの決定
VRIO分析を実施する対象を、連結グループで行うのか、法人ごとに行うのか、事業単位で行うのかの分析対象のレイヤーを決定しなくてはなりません。
中小企業のように小規模であれば、事業単位で詳細に分析しても分析コストはかかりませんが、上場企業のような大企業でこれを実施してしまうと際限のない分析の泥沼に落ち込んでしまって、いつまでたっても分析が終らないというような事態に落ち込んでしまいます。
この分析レイヤーの決定は、分析する人員の規模との対比によって、分析の粒度にも影響を方えますから、分析に入る前にしっかと検討しておきましょう。
経営資源の洗い出し
VRIO分析にあたっては、まず自社の経営資源の洗い出しを実施しなければなりません。
経営資源を洗い出すためには、バリュー・チェーンの把握を行うことになります。
「バリュー・チェーン」はVRIO分析との親和性が非常に高いと思われます。
企業の価値連鎖を直列に並べて、構成する経営資源を抽出することができるので非常にわかりやすいこともあって、本家バーニーの書籍でも、経営資源の洗い出しにはバリュー・チェーンで解説しています。
バリュー・チェーンは企業のビジネス・モデルによって各社それぞれの表現方法が異なります。
中小企業の場ように規模が小さい場合には、非常に構造化しやすいですが、大企業の場合はビジネス・モデルを把握すること自体が大変な作業になるので、先ほども書いたように、分析粒度の決定は慎重に行う必要があるのです。
たとえば、バリュー・チェーンを、企画・設計、調達、製造、配送、販売管理、技術管理、一般管理とし、最後の3つの管理は、各々、販売管理が市場調査や新規顧客開拓を担当し、技術管理が新技術開発や生産技術管理を担当し、一般管理が、財務管理や人的資源管理等を担当することとします。
次に、各々のバリュー・チェーンごとに機能を洗い出します。
たとえば製造であれば、部品の製造、製品の組立、品質検査の3つの機能を持つものとします。
各々のバリュー・チェーンごとにその有する機能を洗い出したら、次にその機能ごとに認められる経営資源の洗い出しを行うことになります。
たとえば、製造―製品組立であれば、製品組立用に設備(モノ)、製品組立担当者(ヒト)、製品組立マニュアル(情報)などの経営資源が考えられます。
ここで重要なことは、各々のバリュー・チェーンの各々の機能ごとに経営資源の洗い出しの切り口は、ヒト・モノ・カネ・情報の4つの視点で行うことです。
この4つの視点で洗い出せば、もれなくダブりなく経営資源の洗い出しが行うことができるはずです。
以上のような方法で経営資源の洗い出しが終わったら、いよいよ各々の経営資源の評価フェーズに入ります。
経営資源の評価
ここまでに多くの経営資源が洗い出されていることと思いますが、各経営資源について、V→R→I→Oの順番で分析・評価していくという手順になります。
下記は、実際に評価をした評価表のサンプルになります。
このサンプルではバリュー・チェーンすべてに含まれるすべての機能における経営資源を網羅しておらず、企画・設計のバリュー・チェーンにおける経営資源だけの検討をしたものになります。
4つ目の組織の評価まで○がすべて付いたものが、自社の持続的競争優位の源泉となっている経営資源ということができ、コア・コンピタンスまで昇華される可能性を秘めたものになります。これこそが企業の強みに相当するわけです。
このように、経営資源をリストアップし、バーニーが示してくれた4つの明確な判断基準で経営資源を可視化するということには、非常に価値があり、その後の戦略の策定に大いに貢献してくれるものになりえるのです。
経営資源への対応
VRIO分析を実施することによって、自社の有する経営資源が持つ強みの質や競争優位性が明らかになったら、この分析・評価結果を基に、戦略の策定を行うとともに、 競争優位性の維持向上を実現させるための施策を検討することになります。
各々の経営資源についての分析・評価結果の種類ごとの基本的な対策の方向性は以下のとおりです。
競争劣位となった場合には、早急に対策を講じなければ、経営に対して重大な悪影響を及ぼす可能性があります。
この場合は、経営資源の経済価値がないと判定されたことになりますが、実は潜在的に高い価値を有しながらそれが発揮できていない可能性もあって、経営資源の潜在的な強みと、ターゲットニーズとの間の整合性がズレている可能性があるのです。
経済価値がないと判断された場合には、それを価値がないものとして切り捨ててしまうのではなく、現在はまだ未対応となっている未充足のニーズに目を向けてみることで、新しいコンセプトの発見につながって、経営資源の経済価値に気付くこともあり得るのです。
競争均衡となった場合には、希少性を加えるなど競争優位性を高める対策を施さなければ、やがて、競争劣位となってしまう可能性があります。
この場合には、希少性がないと判断されたことになりますが、その経営資源の種類がヒト・モノ・情報の場合のいずれであっても、少し手を加えるだけで希少性が高まる可能性があります。
特にヒトや情報については潜在的に希少性を持たせることが可能であるので、希少性がない経営資源だといってあきらめるのではなく、アイデアによって希少性を付加することも検討しましょう。
一時的な競争優位性があるとなった場合には、現時点において優位な立場を得ているものの、模倣されることを通じてやがて競争均衡へと収斂していくことになります。
この場合には、模倣の可能性があると判断されたことになりますが、どのような経営資源でも、日常的な仕事のやり方に融合・昇華させることで、模倣困難な経営資源へと変えることが可能になります。
ヒトと情報(ノウハウ)、モノと情報(ノウハウ)、情報と情報を組み合わせることで模倣困難性は飛躍的に向上しますので、模倣困難性が低いと判断されてもあきらめてはいけないのです。
持続的な競争優位性があるとなった場合には、さらに強固なものとするために、組織構成員全員で、競争優位性の向上・維持に努めることができる仕掛けが必要になってきます。
組織的なバックアップが加わることによって、経営資源が社内のヒトに浸透する、さらには仕事にやり方の一部になっていくという効果があるので、経営資源の社会的複雑性を涵養させる良い機会になります。
このような組織的バックアップを得ることで、経営資源がヒトや組織文化と融合することになるので、希少性や模倣困難性はさらに高まることになって、持続的競争優位はさらに強固なものになりえるのです。
SWOT分析への利用
VRIO分析を実施して自社の経営資源の強みと弱みを把握したら、PEST分析や3C分析などの外部環境分析から入手した、市場機会と、市場の脅威の関する情報とを取りまとめて、SWOT分析を実施することもあろうかと思います。
この時に注意したいのは、VRIO分析の結果をSWOT分析で使用する場合、必ずしもVRIO分析で把握した強み、弱みが、そのままSWOT分析の強み、弱みにマッピングされるわけではないということです。
SWOT分析の強み、弱みは表裏一体であって、VRIO分析で強みと認識したことも、文脈によっては弱みに転化してしまうこともあるので、SWOT分析の文脈を確認しながら、VRIO分析の結果を利用してSWOTの情報の取りまとめを行いましょう。
SWOT分析については、下記の記事を参考にされてください。
SWOT分析は有名なフレームワークなので、研修会に参加して学んで、自社で実践してマトリクスまで作成したんだけど、なんだかうまくいかなくて、結局この分析から何が言えるのかよくわからないな。SWOT分析は本当に役立つものなのか教えてほしい。
VRIO分析の事例
では、VRIO分析を、神戸酒造という架空の企業を想定して行ってみましょう。
【神戸酒造の基本情報】
事業概要:清酒の製造、販売
拠点:本社、工場2拠点
従業員数:600人
主要顧客:全国の酒屋、有名料亭や割烹
主要設備:製造ライン
特徴:
5年前に開発した熟成日本酒が大ヒットし、市場では高値で取引されている。
日本酒を瓶詰したのちに、3年から10年寝かせるという日本酒業界初の取り組みが成功。
ワイン愛好家の社長のアイデアによって熟成日本酒が誕生したのちは、様々なメディアから引っ張りだこで、海外のメディアからもお声がかかる状態であり、PRのうまさも手伝って、毎年発売即完売の状況が続いている。
上記の表は、経営資源の分析・評価をまとめた一覧表からの抜粋です。
熟成日本酒の原材料となっている日本酒は、多くの大吟醸酒メーカーが使用している山田錦などのブランド米ではなく、昔から付き合いのある近畿の農家が育てたお米であり、それ自体に特に経済的な価値があるものとは言えません。
したがって、原材料という経営資源には経済価値が認められず、競争劣位にあるものと判断しています。
製造ラインは従来から自社に伝わるものを使い続けており、製造ラインそのものに経済価値があるわけではなく、高い技術力を有する杜氏の社内育成を伝統的に行っていることから、杜氏と製造設備の組み合わせが、競合ブランドがマネのできない希少性を生んでおり、さらに、精製した日本酒を寝かせる特別な蔵の温度管理技術は当社独自のものであり、希少性はひときわ高く、模倣可能性は全くないものといってよいでしょう。
さらには、杜氏の育成と製造設備の組み合わせの価値を社内全体で共有してその維持・向上に努めているので、高いレベルでの持続的競争優位の源泉となっています。
広告宣伝は一切行っていませんが、日本酒も寝かせたほうが美味しくなるという情報をメディアを通じて仕込んで、上手に戦略的PRを行って世の中の空気感を醸成し、新製品発表会を実施したことで、メディアの取材が大きく増えて、世界中のプレスからの取材依頼が激増しています。
これまでのPR効果は広告宣伝費換算で数十億円に上ることが確認されていますが、広告宣伝費としての支出はほぼありません。
海外からのプレスの取材依頼に応じることで、海外での自社ブランドの認知度は大きく上昇し、海外の輸出比率も年々増加しています。
また、従来からの日本の料亭や割烹との取引も継続して行っており、こういった得意先と緊密にコミュニケーションをとるために頻繁にお店には足を運んでいますが、これら営業マンは売上に貢献してはいるものの、特別なノウハウがあるわけではなく、代替が効くものであるので、希少性はありません。
これらの分析の結果、社内育成の進んでいる杜氏の技術の相乗効果が高く、特許も取得している製造ラインと、戦略的Rを駆使して広告費をかけずにメディアを動かすことができる社長の存在が、神戸酒造に競争優位の源泉となっている経営資源であるということとなります。
そして、この分析結果を活かした事業戦略例としては次のようなものが考えられることになります。
事業拡大:
熟成日本酒が発売即完売という状況が続き、世界中から入るオーダーに応えられていない現状にかんがみて、製造ラインの拡大を設備投資によって実現し、製造販売の拡大を戦略の柱とします。
間接金融でなく、発売前に見込顧客を獲得できるクラウドファンディングによる資金調達も当社の認知度であれば可能となるでしょう。
戦略的PRの発展:
世の中のニーズを変えて、ポジショニングの景色を一変させる購買決定基準の転換をもくろんだレベルの戦略的PRの領域までPR活動を昇華させていくことが、これまでのメディアとの人間関係の構築を進めてきた当社社長であれば実現可能でしょう。
事業再生におけるVRIO分析
中堅・中小企業の事業再生の現場で長きに渡って仕事をしていて、多くの企業の実情を見てきた経験から言えば、ほとんどの再生のフェーズにある会社の経営者は、自社の経営資源に気付いていないという事実を指摘せずにはいられません。
それは、もちろん、競争劣位にある経営資源を把握してその獲得を目指して経営課題に設定するという面もあるのですが、自社内に保有しながらその経済価値に気付くことなく、眠ったままで活用することができていない経営資源の存在がいかに多いかという指摘です。
たとえば、某飲食店の賄で提供されていたメニューが、社内のヒトからすれば「いつもの美味しい賄い食」でしかないわけですが、社外の我々からすれば、絶品メニューにしか見えないわけです。
結局この賄いメニューは、商品化して通販でWeb販売することにして、多くのファンを集めることになり、そのファンが実店舗にも訪れてくれるという非常に良好な関係を気付くことができました。
また、社内にすごく抒情的な散文を書くのが上手な経理スタッフがいて、毎日会社では経理業務に勤しんで、退社後にツイッターで日常の出来事を上手に発信して多くのフォロワーを掴んでいる女性がいました。
そのことを見つけた私は、社長にお願いして、Webに掲載するコンテンツ・メーカとしての職務に配置転換させ、Webコンテンツとツイッターとの連動を行って、ツイッターからのWeb流入数を大きくつかまえて、ウェブサイトのPV数を劇的に改善して、EC売上の大幅アップに繋げることもできました。
このように、経営資源の経済価値という視点を持つだけで、これまで自分たちでは気付いていなかった経営資源の潜在的な価値の発掘も可能になったりするわけです。
このようなことから、事業再生のフェーズにある企業に対しては、必ずVRIO分析を徹底的に実施して、経営資源の経済価値の発掘に注力する必要があるのです。
経営資源の潜在的な価値に気付かせることができれば、一気に再生のフェーズから脱出することは不可能でありません。
中小企業の規模であれば、VRIO分析の効果は最も高いのですから、これを実施しない手はありませんね。
事業再生に取り組むにあたっては、VRIO分析もしっかり指導できる事業再生の専門家を探しましょう。
中小企業が事業再生を成功させるポイントについては、下記の記事を参考にされてください。
中小企業が事業再生に取り組む時に、経営者が念頭に置いておくべきポイントって何だろう。中小企業が事業再生のフェーズから抜け出すために必要なことって色々言われているけど、その道のプロの人からしたら、どんなポイントを押さえるべきなんだろう。
事業再生におけるマーケティングの必要性については、下記の記事を参考にされてください。
事業再生にマーケティングは必要じゃないのかな。再生のアドバイザーが銀行の紹介で入ってきたけど、どう見ても普通の税理士でマーケティングなんてできそうにないんだけど、本当に当社の再生はうまくいくのかな。こんなお悩みを抱えた経営者の方は必見です。
事業再生を相談するべき専門家の選び方については、下記の記事を参考にされてください。
事業再生に取り組むにあたって誰に相談すればいいのだろう。再生支援協議会に行くと会計士や税理士を紹介してもらえるそうだけど、それで本当に事業再生は成功するのかな?こんなお悩みをお抱えの経営者の方は必見です。誰に相談するべきかがわかります。