事業再生に必要なスキルとは?【事実:仕事の質は知識量に比例する】

「事業再生に必要なスキルって、いったいどのようなものなのだろう。」

昨年あたりから毎月の売上が前年対比を下回るようになって、利益もトントンになってきた。
事業再生って早めに取り組んだほうがいいって銀行さんも言うから、うちもそろそろ本気で考えないといけないんだが、そもそも自社の再生に取組むにためには、どんなスキルが必要なんだろう。
経営者である自分にできるのかな?

と、こんな悩みお持ちの意欲的な経営者は、昨今の新型コロナの影響も加わってとても多いのではないでしょうか。

そこでこの記事では、事業再生に必要な知識とスキルって一体何かを考えてみたいと思います。

この記事を読むことで、事業再生に必要な知識とスキルが理解できるようになり、御社の再生を社内の人間だけでできるのか、外部に専門家に相談するべきなのかどうかがわかります。
そして外部の専門家に依頼する場合に、どのような専門家がいいのかの判断材料になります。

本記事は20年以上に渡って200件以上の中堅・中小企業の事業再生に関与し、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生に導いてきた事業再生のプロである公認会計士が書きました。

事業再生に必要なスキル

事業再生に必要なスキル結論から申し上げますが、事業再生は総合格闘技なので広範な知識とスキルが必要となります。

そのスキルは大きく分けると、「思考スキル」と「複数の専門的な知識に裏打ちされたスキル」になります。

知識は経験等のフィルターを通じてスキルに転化しますが、ここでは知識を中心にお話します。

思考スキル

思考スキルは、論理思考スキルとクリエイティブ思考スキルに分けることができます。

論理思考

ビジネスで必要な論理思考スキルとは、原因と結果をつなぐ論理、すなわち因果関係で命題と命題をつなぐ力のことをいいます。

「売上が減少したのは、競合先が近隣に新しい店を出店したからである。」という命題は、2つの独立した命題からなっています。
「競合先が近隣に新しい出店をした。」⇨「売上が低下した。」という構造になっており、ここで⇨が因果関係を表す論理ということになります。

一見するとこの論理展開は正しいように見えますが、果たして本当にそうでしょうか。

「競合先が近隣に出店をした。」のがたまたま「売上が減少した。」ことを認知することに時間的に先行していただけかもしれません。
我々人間は時間的に先行したことだけをもって因果関係にあると判断しがちです。
これを前後論法と言います。

この場合には、「競合先が近隣に新しい店を出店した。」ことと同時に生じた他の原因があって我々にはそれが見えていないだけかもしれません。
これらを同時発生の原因と呼びます。

たとえば、「会員カードの会員特典を5%から3%に引き下げた。」ことを競合先の出店と同時期に実施していた場合、顧客の購買行動に影響が出るなどと誰も思わずにこの施策を実施していたら、売上の減少と紐つかないので、これが原因だとは誰も思いもよらないかもしれず原因として把握されることはないのです。

このように因果関係の把握というのはとても難しく、論理思考の基礎をみっちり学んで思考スキルを身に付けておかないと、「なんとなくの因果関係」で仕事を進めてしまいます。

上記は過去の因果関係を掘り下げて本当の原因(真因)を把握するために使う論理思考スキルの簡単な一例ですが、未来に向けての因果関係についても同様です。
たとえば、「チラシを打てば、お客様が増える。」という命題は、「チラシを打つ」⇨「売上が上がる」と言う2つの独立した命題の因果関係として構造化できます。

これも何も考えないで眺めていれば、その通りに因果関係があるように聞こえてしまい、じゃあ、今月もチラシを打とうという話になりがちです。

ところが、「チラシを打つ」ことを実施すれば「売上が上がる」ことは本当にそうなのか、この2つの命題は強い因果のロジックで繋がっているのかということを真剣に考えねばなりません。しかし多くの中小企業ではなんとなくの論理で繋げてなんとなく活動を実行しています。

そういった会社では、必ず同じ失敗を繰り返しますが、それは失敗の原因を考える、つまりは因果関係を検討する習慣がないので当たり前ですね。

つまりは、思考スキルの欠如が戦略の成否を決めてしまうことになるのです。
そもそも戦略とは一連の活動を因果の連鎖で繋げたものを指します。

ここでは、過去の原因探索のフェーズと、未来への活動の決定という正反対の2つの簡単な事例で因果の論理を説明しましたが、こういった基礎的な論理思考スキルの積み重ねがビジネスを作るので、論理思考スキルに従って、つまりは論理的に因果の論理に従って、考えながら仕事をすることがとても大事なわけです。

中小企業の事業再生の多くが失敗する理由の一つがこの論理思考スキルの欠如だと、私は自分の経験から感じています。

クリエイティブ思考

そして、この論理思考スキルと両輪で活躍してくれる思考の枠組みがクリエイティブ思考スキルです。

世の中的には論理思考とクリエイティブ思考を分けて考えるのが通例ですが、私はクリエイティブ思考を論理思考の枠内で捉えているので、正確に言えば上記で説明した論理思考は「狭義の論理思考」であり、これとクリエイティブ思考とを合わせて「広義の論理思考」と呼ぶことにしています。

世の中では、天才的なクリエイターやアーティストなどの一瞬のひらめきによるアイデアをもってクリエイティブ思考などと呼んでいますが、こういった天才的な方々の思考スキルは再現性が全くありませんよね。

なぜなら彼らが上手に自分の発想の過程を言語化して言葉で説明してくれないからです。
それは彼らが意図的に説明しないという意地悪なのではなくて、彼ら自身でさえうまく言語化できないからなのですね。
つまり、自分の無意識化で生じた思考を意識化で言語化することはとても難しいということです。
この例からわかるように言語化スキルも思考スキルに大きな影響を与えます。

そういった再現性のないことでは実務の現場の知識としては活用できないので、私は言語化できて再現性のある、でもこれまでの論理思考の枠組みを超えたものをクリエイティブ思考と呼んでいます

たとえば、思考の抽象度を上げたり下げたりできるかどうか、具体的な話を意識的に抽象化して再び具体の世界へ降りた時に何が言えるのかを考えたり、強制的に反対のポジションを取ったらどうなるのかということを考えたり、つまりは「自らの思考を思考するスキル」のことです。

それは、意図的に論理思考のフレームを外したり、軸をズラしたりすることで実現することなので、論理思考の枠組みの中でクリエイティブ思考を捉えることができるのです。

これは思考スキルについての話であって、こういった思考スキルの訓練を受けているかどうかは、債務者企業が知らぬ間にとらわれてしまっているバイアスに気付いたり、それを意識的に壊して全く新しい概念を作りだすというようなクリエイティビティにとって、とても大事なものなのです。

思考スキルの詳しい話はまた別の記事によることとして、ここではお話を進めますね。

このように論理思考とクリエイティブ思考を思考の両輪として頭の中にインストールしておくことがまずは必要になります。
この思考スキルは、何も事業再生や企業再生にとってだけ必要なものではなくて、ビジネス全般のあらゆる業務に適用可能なものなので、事業再生に関わる者も関わらない者も、ビジネスマンとして身に付けておくべき基本的なスキルです。

そして、この2つの思考スキルを基礎として、問題解決思考スキルが形づくられることになります。
問題にも種類がありますので、その各々に応じた基本的な問題解決思考スキルを身に付けることが、事業再生のプロフェッショナルとして必要条件になります。

複数の専門的な知識に裏打ちされたスキル

総合格闘技である事業再生は、専門分野が1つでは全く歯が立ちません。
ビジネスを俯瞰し、バイアスを壊して伝統的な競争軸を変化させたり、戦略の構築または戦略の転換を実行するためには、広範で深遠な知識が備わっていなくてはなりません。

どんなに素晴らしく誰もが欲しいと思う商品ができたとしても、その商品を必要な数だけ、必要とされる時までに作ること、その商品がここにありますと伝えることができること、その商品をお客様へ販売することができること、クレームがあったら適切な処理ができること等が必要です。

また、毎日の売上等を記帳しなくてはならないし、決算時には決算書を作って納税をしなくてはなりません。
さらに、競合先が商品をコピーしたら訴訟に持ち込まなくてはならないし、従業員が退職後に残業代を請求してきたら納得がいく交渉をしなくてはなりません。

遠方のお客様に販売するためにはwebを作ってEC機能を充実させなくてはなりませんし、ECに導くためのランディングページの作成も欠かせません。
自社のwebコンテンツに導くための流入経路としてのSNSの整備はあたりまえのこととなってきましたし、SNS上でのファンも購買数に大きな影響力を持つ時代になっています。

まだまだありますが、ビジネスは様々な機能が有機的につながって初めて、最終的にお客様に価値を提供することができるものなのです。

事業再生に取り組まねばならなくなった企業は、この機能の連鎖の中のどこかに狂いが生じている状況です。
それがどこにあるのかを確定するためには、様々な視点でビジネスを俯瞰できるための知識とスキルがまずは必要になります。

複数の専門分野に渡る知識は視点を複層的にしてくれます。

例えば法律が専門の人は、法律的な観点からビジネスを見ます。
その取引にはこういう法的なリスクがありますね。
なので、こういうふうに取引形態を変えましょうとか指摘できるわけです。

ところが法律の専門の人は、その取引を行う時のお客様の深層心理はこんな状態だから、キャッチコピーはこちらのほうがいいですよという指摘は絶対にできません。
マーケティングに関する知識がないために、そういった視点を持たないからで、それは単にマーケティングを法律並みに時間をかけて学んでないからですね。

しかし、1つの取引やアイデアを見た時に複数の専門分野の視点でそれを俯瞰することができたら、様々な観点で検討することができるようになるわけです。

つまりは問題を認知するためには、その問題に関する知識が必要であるということです。
問題を認知できないことには事業再生など全く進まないからですね。

思考スキルがインフラとしてのOS、複数の専門的な知識に裏打ちされたスキルがアプリと考えればわかりやすいですね。

アプリをどれだけ積み込んでもOSが実装されていない、もしくはOSが機能しない場合はもとより、OSが完璧であっても、アプリがないというような状況も全くだめですよね。
つまり、どちらの知識とスキルが欠けていても、事業を再生することができないので、事業再生コンサルティングの仕事を全うすることは難しいことになります。

事業再生に必要な複数の専門知識とスキルとは何か?

事業再生に必要な複数の専門知識とスキルとは何か?では、事業再生に必要な複数の専門性に裏打ちされた知識とスキルとは何かについて、私の経験をもとにお話ししますね。

財務会計論

事業再生に取り組むにあたっては最大の債権者であり、中小企業のほぼ唯一の資金供給先である金融機関の協力なしには進めることができません。
金融検査マニュアルは2019年12月に廃止されましたが、銀行の自己査定に対する考え方にはその廃止後も影響を与え続けることは間違いないので、債務者企業が現在どのような資産超過または債務超過レベルにあるのか、正常的な収益性はいったいどれくらいなのかを誠実に報告して、彼らが意思決定しやすい状況を作ってあげることがまずは必要です。

事業再生にあたって支援を受けやすいようにと考えて、粉飾された決算書をそのまま提出するような債務者は、そもそも考え方が間違っています。
もしそのような債務者がいれば、しっかりと正して適正な修正後の決算報告をしなくてはなりません。

そのために必要なスキルが財務デユ―デリジェンス(調査)を実行するスキルであり、そのスキルを裏打ちする知識が財務会計論ということになります。

財務会計論を実務で十分に使いこなせるレベルにまで学んでいるのは公認会計士のみです。
大手の監査法人で3年程度の実務経験を積んでいれば、監査手続きは十分会得していますので、そのスキルは全く問題なく、事業再生の現場では必須の知識とスキルになります。

管理会計論

事業再生に取り組むにあたって、事業の収益性を判断しなくてなりません。

複数の事業を営んでいるような場合には、業績の足を引っ張っている事業は何かを特定しなければならないですし、複数製品を扱っている場合には、どの製品の収益性が高いのかを考えることで、プロダクトミックスの適正性の判断の一助になりえますし、減損の兆候がある時には製造ラインの再構築にも生かすことができます。

こういった事業再生の現場で必要なスキルが収益性分析で、そのスキルを裏打ちする知識が管理会計論なのです。

伝統的な管理会計論を事業再生の実務で十分に使いこなせるレベルにまで学んで、高度にスキルを発揮できるのは公認会計士のみです。
税理士が中心となって世間で広く実施されている管理会計は、予算を立てて実績が出たら予算実績比較をするという予算実績差異分析ですが、これだけをもって管理会計とは呼ばないですね。

管理会計のあるべき姿については下記の記事を参考になさってください。

戦略論

戦略論は歴史を振り返ると、1960年代に生まれてきた学問ですが、古い時代の戦略論は現代では実務に適用することはほとんど不可能です。
例えば、1960年代後半から欧米でもてはやされた理論にボストンコンサルティンググループがマッキンゼーに追いついたきっかけになったPPM理論(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント理論)というものがあります。
「金のなる木」や「負け犬」といった邦訳名を使うことで有名な理論です。
この理論の背後には経験曲線の存在が仮定されており、つまりは標準品の大量生産を前提とする理論なので、多品種少量生産が当たり前になった現代ではまず使えません。

1960年代に生まれた理論で現代でも通用するのは、イゴール・アンゾフの製品―市場マトリクスくらいでしょう。

その後1980年に入ると華々しく戦略論の世界のスターダムにのし上がったマイケル・ポーターのポジショニング理論が一世を風靡しました。
どの業界も新しく市場を作ることは難しくなり、いかに競合先と競争をして勝ち、顧客を取り込むかが実業界の大きなテーマとなっていた時代に、まさにうってつけの理論だったわけです。

ポジショニング理論を学ぶことで参入障壁や移動障壁の考え方、それらを使った独自のポジショニングを築く時に大いに参考になる理論です。

またそのポーターの理論を補完する形で現れたジェイ・B・バーニーは資源ベース論を提唱しました。

外部環境の分析に主軸を置いたポーターのポジショニング理論と、内部環境に主軸を置いたバーニーの資源ベース理論が出そろったおかげで、私たちは企業の分析を複層的な視点で実施できるスキルを身に付けることが可能になったわけです。

事業再生の現場で資金繰りを落ち着かせたのちに将来に向けて戦略を立案する時には、この両理論はまさに思考の両輪となりますので、数多い競争戦略論の中でまずは押さえておくべき基本的な理論となります。

また、戦略論は知識とスキルが極端に乖離する面白い分野です。
戦略論については詳しいのだけど、いざ戦略を立案しろと実務で言われると全く戦略立案ができないという方は結構いますね。

戦略の立案に関するフレームワークは定型的なものはなく、既存のフレームワークや自分で考えたフレームワークを組み合わせながら作り上げないといけないものなので、戦略論を学んだから戦略立案ができるとは全く言えません。
つまり戦略論に関する知識がそのまま戦略立案スキルを担保してくれるわけではないのです。

このあたりは外資系の戦略系のコンサルティングファーム、もしくは総合系ファームでで仕事をした経験がないと、なかなか身に付かないと思います。

マーケティング理論

コトラーに代表されるマーケティングの理論の体系に関する知識とスキルは、事業再生の現場では必須のスキルとなります。

マーケティングに関する書籍は山のように出版されていますが、どれもマーケティングの全体像を学ぶには足らなさ過ぎますし、コトラーのマーケティング・マネジメントを読むには時間がなさすぎるということで、しっかりと学ぶこと自体が難しい学問です。

また、コトラーの抽象的な理論を事業再生の実務の現場で具体策に落とし込むには相応の経験が必要となりますので、マーケティングの知識はインプットしたら実務の現場で必ず実践してアウトプットして、結果が出なければPDCAをすばやく回すことが必須となります。

さらに、コトラーの理論は何ら実証的に、つまりは何らかのデータを取って立証されたものではなく、演繹的な論理だけで作られた理論の体系であり、最近になってマーケティングの通説に対しての実証研究がなされ始めたこともあって、コトラーの理論に対して疑問の声も聞かれるようになっています。
したがって、そういった最近の研究の成果をも学びながら、自分なりにマーケティングの理論とスキルをアップデートしていく必要があります。

加えて、昨今マーケティングの現場では心理学や文化人類学の知見を採り入れた思考法が導入されていますので、そういった知見にも精通しておく必要があります。

たとえば、マーケティングの実務家の間でよく使われる言葉の1つに、マーケティング・インサイトという言葉があります。
結局、商品やサービスを買ったり使ったリするのは生活者(消費者とは呼びません)なので、その生活者が一体どんな気持ちで毎日生活しているのか、生活者が自分でも気づいていない深層心理に横たわる気持ちは何なのかを解明して、特定されたターゲットの深層心理を言語化する必要があります。
そんな深層心理を言語化したものがインサイトなのですが、このインサイトを中心に商品アイデアを考えたり、広告コピーを考えたり、チャネルを決定したりすることが普通になっています。

2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンに代表される行動経済学などの知見も現代マーケティングを支える重要な概念となっています。

最後に、マーケティングの土台になる基礎学問分野として先ほど心理学や文化人類学の理論をあげましたが、さらにもう1つあげるならばそれは哲学です。
哲学の中でも個人的には現象学の考え方はマーケティングにはとても役立つので、学んでおくべき基礎学問だと思います。

こういった基礎学問に関する知識とスキルは、実は知識の体幹のようなものなので、事業再生に関わらずとても大事ですね。

マーケティングの関するスキルは、こういった知識をベースに実践の場で培っていくものなのですが、理論を実務のギャップが大きいのでそのギャップを埋めるために実務でのアウトプットがとても大切になります。
マーケティングも戦略論と似て、知識とスキルのギャップが大きい分野だと思います。

マーケティング思考については、下記の記事を参考になさってください。

事業再生におけるマーケティングの重要性については、下記の記事を参考になさってください。

ブランド論

日本のように成熟した市場は世界でも珍しく、あらゆる商品化カテゴリーで、品質が極端に高くてリーズナブルな商品やサービスが目白押しです。
コンビニに行って、ペットボトルのお茶売り場の前に立つと、これ不味いよなと思う商品は何1つありませんよね。
どのコンビニで売られているおにぎりも、全て美味しいですよね。
こんな国は世界を探しても日本だけです。

要するに、商品のスペックだけでは、どれもこれも高いレベルで似通っていて、選んでもらえない時代になっているということです。
このような現象は今に始まったことではなく、日本でも1990年代から始まっていました。
その頃に勢いをもって語られ始めたのがブランド論です。

スペックや価格で差別化するのがもう限界にきているので、差別化で残されたのがブランド化による差別化というわけで、ブランディングに注目が集まったわけです。

昔はブランドを作るものは広告だと言われていましたので、大企業を中心としてテレビCMがばんばん流されました。
その結果、広告業界はものすごく儲かったわけです。

ところが、2005年を境にして情報洪水が始まったこともあって、今や広告に対して疑いの目をもって見る人が多くなってしまいました。
広告を見たらスルーしてしまう経験は誰もがお持ちだと思います。
「あ、これって広告だね。胡散臭いね。」という感じです。
つまり、広告でブランドは作れない時代となってしまいました。

では、現代においてブランドを作るものは何かというと、それは「体験」に他なりません。
生活者が企業と接するあらゆるコンタクト・ポイントで「素敵な体験」をどれだけ作り込めるかがブランディングの要諦なのです。
これだと中小企業でも十分にできうることなので、再生アイデアの中にブランディングのエッセンスをいかに織り込めるかも事業再生コンサルタントとしての腕の見せ所であり、事業を再構築する際には必須のスキルになります。

特にブランドが古臭くなってしまって顧客離反が生じているような老舗企業では、リ・ブランディングがとても重要なスキルとなります。

事業再生でも老舗の案件が後を絶ちませんが、これは昔の考え方、経営手法をそのまま環境が激変している現代へ引きずってしまっているからで、事業再生をいいきっかけにして、リ・ブランディングをするべきですよね。
そういったリ・ブランディングに関するアドバイスができるかどうかは、事業再生のプロフェッショナルの大事な資質となります。

リ・ブランディングは商品やサービスのコンセプトの再定義や、それに伴うポジショニング変更などを通じて行いますが、そのあたりはまた別稿でお話ししましょう。

ブランド論に関する知識は書籍から得られますが、ブランディングに関するスキルはこれも現場での実践がものをいいます。
ブランディング理論に関する知識とスキルは、これからの時代は事業再生の実務の中でもさらに必須となるでしょう。

ウェブ・マーケティング

ウェブ・マーケティングはデジタル・マーケティングの一部を構成します。

ウェブ・マーケティング以外のデジタル・マーケティンの分野は、ツールを使ったデジタル解析の分野ですが、そういったツール自体を使いこなせる中小企業はほとんどないので、少なくともウェブ・マーケティングに関する知識とスキルだけは、事業再生の専門家にとっては必須な時代になってきました。

事業再生のフェーズにある企業のほぼ100%が、ウェブ・マーケティングに注力していません。
なぜ、ここまで無頓着なのか不思議なくらい関心がないのです。

ウェブ・マーケティングの注力しないから事業再生のフェーズに辿り着いてしまったという因果の捉え方は正しくないですが、時代の流れに敏感な感受性の欠如が事業再生のフェーズに至らしめたとは言えると思います。

結局、ウェブ・マーケティングは、ウェブサイトからいかに売上を上げることができるかということが目標になるわけで、そのためにウェブ・サイトをいかに露出させるか、つまりは上位表示をさせるか、つまりはSEO(Search Engine Optimization=検索エンジン最適化)に関する知識とスキルが肝になります。

そして、上位表示させるにはどのキーワードで戦略的に攻めるかということがとても大切になるので、クライアントの事業ごとに最適な戦略キーワードを選定する知識とスキルが、まずは求められることになります。

デジタル空間上にものすごい数のウェブ・サイトが毎日毎日アップされ続けている現状では、多くのキーワードは研究され尽くされていますので、その中でどれだけ有望なキーワードを見つけられるかに関する知識とスキルがまずはとても重要になります。

そしてウェブ・マーケティングの最も大事な部分がコンテンツの作成です。
ここにも多くの必須スキルがあって一朝一夕で身に付けるのは大変なのですが、広告予算がほとんどない中小企業では、ウェブ・マーケティングに関する知識とスキルは、低予算で販促効果の高いウェブサイトというツールを有効活用できるスキルなので、ここを理解できないと中小企業の再生は著しく困難になります。

多くの中小企業が直面する大きな課題が「認知の壁」であり、その「世の中に知られていないこと」を突破する有効な手段であるウェブ・マーケティングが使えないとなると、右腕を奪われたにも等しいからです。

多くの中小企業はウェブサイトを製作会社に外注して高額で立派なものをデジタル空間上に掲げていますが、その9割以上が集客ツールとして全く機能していないのが現状です。
そのウェブサイトをテコ入れして、集客ツール、販売ツールと変化させるためのディレクションができることも事業再生のプロフェッショナルとして必須のスキルとなっています。

ウェブ・マーケティングに関するスキルは、実際に自分でウェブ・サイトを作って、コンテンツを作って、Googleの評価がどうなるのかを日々確認しながらアナリティクスやサーチ・コンソールなどを使って分析するというPDCAを回せば、自然と身に付いてきます。

オペレーション理論

オペレーション理論は定まった定説などない世界なので、オペレーション自体を学ぶコトもとても難しいのですが、事業再生の実務では必須のスキルになります。

オペレーションの定義も様々なものがありますが、結局オペレーションとは「澱みなく情報や仕事が流れること」だと理解いただければよいかと思います。

工場などでも、工程間に仕掛品が滞留している状況では、生産性が低くて単位当たりの製造原価はとても高くなってしまいます。
原価の低減を図るためには材料の調達価格を下げよとか、工場スタッフをもっと働かせよなどと頓珍漢なことをいう人がいますが、そうではなくて、モノの流れを良くすることで原価は確実に下がるのです。

こういったことは管理会計のフレームワークでは学ばないことなので、それとは別の枠組みであるスループット会計を学んでおく必要があります。
スループット会計を学ぶことで、ボトルネック工程についての理解が深まり、ボトルネック工程と非ボトルネック工程の管理の仕方の違いを学ぶことができます。
また伝統的な管理会計のフレームワークではミスリードしていた最適プロダクトミックスの問題にも正しく答えることができるようになります。

さらにこの理論をプロジェクト・マネジメントに応用した思考フレームは、建設業やソフト開発業などのプロジェクト産業の事業再生の実務では必須のスキルとなります。

統計学

多くの中小企業ではデータから何かを考えるという視点が大きく欠けています。
ビッグデータという言葉が世に出てから久しいですが、そこまでのデータを使いこなす必要などはありません。
相関分析、単回帰分析および重回帰分析程度の基本的な統計処理ができるだけでも、今まで見えなかったものがデータを可視化することで見えてきます。

たとえば、アンケートの結果を相関分析にかけて、その分析結果をCSポートフォリオ分析にかけてやるだけで、顧客満足度を上げるためにやるべきことの優先順位付けがすぐに判明します。他にも正規分布の特徴を知っておくと、新しい店の顧客数を一定の範囲内で予測出来たりもします。

統計学は事実であるデータを基礎として、そのデータの傾向から何が言えるのかを探る学問なので、なんとなくのロジックではなく、因果関係の明確なロジックを展開できるという強みがあります。
そもそも事業再生のフェーズに迷い込んだ多くの中小企業にはこういった数字からロジカルに考える習慣などありませんから、事業再生を牽引するコンサルタンとしての専門家が率先してデータから物事を考える仕事の進め方を垣間見る中で、中小企業経営者も考え方を改めるかもしれないですね。

時間的余裕が全くなく、急いで複数の手を打たないといけない事業再生の現場の実務では、統計学の知見はとても重宝するスキルなのです。
もちろん、必要なデータがなければ代替できるデータを探したり、場合によってはデータ収集の期間を設けることもありますが、統計学に関する知識とスキルはとにかくパワフルだと言えます。

会社法、倒産法およびその他の法律

事業再生の現場では、種々の法的問題が現れてきます。

比較的理解しやすい私的整理の枠組みであっても、債権放棄を伴うような案件で、債務免除益課税を回避するために会社分割等の組織法上の行為を行う場合には、会社分割に伴う種々の手続きを法律が求めるスケジュール通りに実行しなければいけませんし、保証人の保証履行の件も問題としてあがってきます。
私的整理がうまくいかなくなったために、私的整理から法的整理へ移行しなくてはならないような場合には、倒産法という法律が前面に押し出されてきますが、会社法の範囲を超えて倒産法となると、再生専門の弁護士しか頼れる者がいなくなってしまいます。

また、退職した従業員が未払賃金の支払いを要求してきたりすれば、労働法等の知見が必要になりますし、お客様がクレームを言ってきたら、消費者保護法などの法律に関する知見も必要になります。

とにかくあらゆる法律の知見が必要なのが事業再生の実務の現場なのです。
ここは、法律に関する知識とスキルが圧倒的に高い弁護士さんにお任せするしかありません。

事業再生の手順については、下記の記事をご参考になさってください。

税法

事業再生の実務の現場では税金の知識も必須になります。
特に、法人税法、所得税法、相続税法、組織再編税制、事業承継税制等が必要な場面が多くなります。

特に債権放棄を受けた場合に第2会社法式を採用して、旧会社を特別清算した場合に債務免除益に関する課税や、保証人の保証履行による私財提供に関する課税や、個人所有の現物出資した不動産の譲渡益に関する課税や、とにかく様々な再建スキームを描く中でこれまでにないようなスキームの中でどの税法を当てはめて考えるかなど難解なケースが多いです。

その他にも、グループ内部で組織再編を実施した場合に、意図的に適格を外した場合に生じる課税の有無や課税リスクの検討を組織再編税制の枠で考えたり、事業承継を絡めた再建スキームを立案した時に、組織再編税制と事業承継税制の重なる部分の解釈等、検討するべき事項は山積みです。

こういった税制に関する知識がないと、税務リスクが極めて高い取引にもかかわらず、知らずに実行してしまったりなど、後から取り返しのつかない結果を招く可能性もあります。

また、再生スキームの中で組織再編を実施する場合には、組織再編スキームを自分で描けるスキルもとても重要になります。
組織再編税制等の縛りの中で、いかに税効果を取りながら課税リスクを下げてスキームを描けるかも再生のプロフェッショナルの腕の見せ所になるスキルです。

組織再編手法としての会社分割、株式移転、合併、現物出資等々、さらにそこへ組織再編税制による適格・非適格の別が加わって、極めて多くのバリエーションが組めることになります。
さらにここに民法上の匿名組合出資等に関する知見もあると、デザインできる組織再編スキームの幅が広がり、効果的な事業再生がプラニングできます。

事業再生の種類については、下記の記事をご参考になさってください。

旧金融検査マニュアル

小泉首相・竹中大臣が主導して作り上げた金融検査マニュアルは、1999年7月に公表され、金融検査の指針としてだけでなく、金融機関の融資実務や自己査定の事実上の基準として活用されました。

その後、2016年に森金融庁長官が就任して以降、金融行政が大きく変わり、不良債権についての調査も行われなくなり、それまで金融行政のマニュアルとなっていた金融検査マニュアルはその役目を終えました。

そして、2019年12月に金融検査マニュアルは正式に廃止する旨の通達が出されましたが、時を同じくして「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」が公表されました。

当初金融庁は、検査マニュアルの廃止後においては、各々の銀行独自のビジネスモデルに基づいて引当や償却を実施することを求めていましたが、それまで慣れ親しんできた金融検査マニュアルに基づいた自己査定方法も認めることで、金融業界の混乱を抑えたかったのでしょう。

こういった背景から今後もこれまでと同じように、彼らが融資先のランク付けを行うのは、引き続き検査マニュアルに示された考え方に基づくということができます。
そう簡単に引当率の変更を実施するのは実務的には難しいからです。

したがって、金融検査マニュアルの考え方を学ぶことで、債務者区分はどのような考え方で行われているのか、各々の債務者区分における貸倒引当金の引当率はどれくらいなのかが理解できます。

その上で、事業再生に臨んでは、債務者企業の債務者区分を予想し、引当率を予想することで債権放棄がしやすいかどうか、しやすいとするならばどのあたりまでなら債権放棄が可能なのかが予想でき、金融支援の交渉がスムーズに進むことになるのです。

このように金融検査マニュアルは金融機関との交渉スキルを高めてくれます。

表向きには廃止された金融検査マニュアルですが、廃止後も銀行の債権分類等の考え方に引き続き影響を与えているものなので、事業再生のプロフェッショナルとしては、その内容には精通しておく必要があるのですね。

金融検査マニュアルについては、下記の記事をご参考になさってください。

金融検査マニュアル別冊については、下記の記事をご参考になさってください。

事業再生の仕事の質は知識量に比例する

事業再生の仕事の質は知識量に比例するこのように事業再生は総合格闘技であるがゆえに、様々な分野の知識とスキルを総動員して債務者企業の業績の回復に努めなくてはなりません。

そもそも事業再生のフェーズに至った企業は、数千個レベルの問題を抱えているものですが、問題解決プロセスの入口である問題の認知(あ、こんな問題があるんだ。という気付き)をもたらせてくれるものは広範な知識以外に何ものでもありません。

さらに、事業再生の実務の現場でその様々な分野の知識とスキルをうまく組み合わせて、新たな知見やアイデアをもたらしてくれるものが、論理思考とクリエイティブ思考という思考スキルの両輪です。

本来であれば、事業再生の現場で作成されるべき計画、つまり事業再生計画は、こういった知識とスキルにあふれた内容でなくてはなりませんが、世にあふれる多くの計画はどうでしょうか。

その多くは、過剰債務をどのように処理して債務超過を解消し、金融取引を正常化するかだけに論点を絞ったものであり、事業再生にとって肝心要の事業そのものへの再生アプローチについては、拠点統合などの縮小均衡による固定費のカットなどしか語っていないものが圧倒的多数です。

事業再生の専門家を名乗るのであれば、少なくともここにあげた知識とスキルについては十分に身に付けておくことが必要であり、そういった事業再生の専門家が作った再建計画であれば、事業そのものに対するアプローチについての記述なども、マーケティング思考を駆使した相応なものが出来上がっているはずなのです。

日々新たな知識とスキルを身につけながら、事業再生の現場に臨んでは、各分野の知識とスキルを縦横無尽に使いつつ、論理思考とクリエイティブ思考の思考スキルに乗せて、論理と直感を行ったり来たりしながら、多くのクライアントを事業再生のフェーズからエクセレント・カンパニーに引き上げるべく日々奮闘しています。

事業再生は誰に相談するべきかについては、下記の記事を参考になさってください。

事業再生アドバイザーについては、下記の記事を参考になさってください。

事業再生のポイントについては、下記に記事を参考になさってください。