事業再生士補とは何か?【ターンアラウンダ―の卵?】

銀行から事業再生への取組の打診を受けたので、初めての経験になる事業再生をググってみたら、「事業再生士補」と「事業再生士」という2つの異なる資格が目に入ってきた。

どうも名前からしてどちらも事業再生のプロのようのだが、初めて聞く資格だし、どんなスキルを持った人たちなのかがわからないな・・・とお悩みの経営者もいらっしゃるともいます。

そこでこの記事では、事業再生士補なる資格について検討していきたいと思います。

この記事を読むことで、事業再生士補なる資格保有者のスキルが理解できるようになり、事業再生に取り組むにあたって事業再生士補に相談するべきか否かがわかります。

本記事は20年以上に渡って中堅・中小企業の事業再生に関わり、200件以上の再生案件に関わって、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生に導いてきた事業再生のプロである公認会計士が書きました。

事業再構築補助金に採択される方法については、下記の記事を参考にされてください。

事業再生士補とは何か?

事業再生士補とは何か?事業再生士補(=ATP=Associate Turnaround Professional)とは、事業再生を行うための基本的な調査、分析および企画・提案のための諸知識を 有しており、事業再生士を補助できる能力を有するものを言います。

事業再生士補の資格を有する者は、事業再生に必要な法律、経営、会計・財務、税務、金融等の一般的な知識を持ち、 また事業再生実務を行う上での高い職業的倫理観を有していると認められています。

事業再生士補は、事業再生士と同様に、一般社団法人日本ターンアラウンド・マネジメント協会(略称:日本TMA)によって認定される事業再生の専門家の卵です。
そして、事業再生士補は、事業再生士の資格を得るための前段階の資格という位置づけになっています。

事業再生士補になるためのATP試験は、誰もが受験できるものではなく、日本TMAが認定する教育機関(株式会社TTMや資格の学校TAC)が実施する研修(各科目20時間:総計60時間)を受講し、履修証明書を取得した者で、その履修証明書発行条件として、指定期日までに全ての添削問題を提出し、各科目60%以上の正解率を取得した者とされています。

ただし、金融検定協会が主催する事業再生アドバイザー( TAA )取得者は研修免除とされています。
(こちらの試験は択一問題50問、合格率3割程度です。)

上記の受験資格を有する者が事業再生士補の資格を得るための試験は、ATP資格試験と呼ばれ、年2回(春・秋)に実施され、経営、会計・財務、法律の3科目の試験科目が課されています。

1科目の試験時間は1時間で、各々20問の出題(すべて択一式)であり、科目ごとの受験が認められ、科目ごとの合格が認められています。
また、一定の資格等を有する者に対しては試験科目の免除が認められています。

試験科目ごとの免除対象者は下記に記載のとおりです。

◆経営科目免除対象者
中小企業診断士
経営大学院修了者
経営専門職大学院修了者
技術経営専門職大学院修了者
グロービス・マネージメント・スクール修了者
※海外の大学院も含む

◆法律科目免除対象者
弁護士
法科大学院修了者

◆会計・財務科目免除対象者
税理士
税理士試験「簿記論」および「財務諸表論」合格者
税理士試験「簿記論」および「財務諸表論」免除者
公認会計士
会計士補または旧公認会計士試験2次試験合格者
公認会計士試験論文式試験「会計学」合格者
会計専門職大学院修了者

◆CTP資格試験合格科目
認定事業再生士(CTP)資格試験科目合格者

事業再生士補の資格を得るためのATP試験は、TACなどの資格の学校で事前の対策をすることもでき、また、すべて択一式の問題が出題され、いわば知識を問う試験であるので、取り組みやすい一方、事業再生士の資格を得るためのCTP試験は、資格の学校等で対策ができるわけではなく、また、すべて論述式の試験であり、かつ、CTP試験は実務経験の有無を問われるので、難易度はかなり異なると一般的には言われています。

事業再生士および、CTP試験については下記の記事をご参考になさってください。

ATP試験問題を解いてみた

ATP試験を解いてみた!2019年秋に実施された事業再生士補の資格を得るためのATP試験の問題を解いてみました。
試験科目は、経営、法律、会計・財務の3科目で、各々20問の択一問題です。

実際の問題は下記のURLよりご覧になってください。
経営:http://tmajapan.jp/atp/pdf/2001_keiei.pdf
法律:http://tmajapan.jp/atp/pdf/2001_houritsu.pdf
会計・財務:http://tmajapan.jp/atp/pdf/2001_kaikei.pdf

経営の問題について

基礎的な知識の有無を問うものが多く出題されています。
近年の会社経営実務でもトピックであろう企業倒産予知モデルや、中小企業のITシステム導入、公益通報者保護法に関する問題なども出題されています。

また、経営の出題といいながら、中にはスピンオフの出題で組織再編税制との絡みを問うたり(第8問)や、私的整理・法的整理の出題で会社更生法の制度を問うたり(問題9)、キャッシュフロー概念を問うたり(問題11)と、多種多様な問題構成となっています。

出題者の癖なのか、明らかに間違いだとわかる言葉の入れ替えを行って作問をしている正誤問題が散見されるので、間違い探しは比較的しやすい問題になっています。
とはいえ、正解に達するには広い範囲に渡っての知識が必要とされるので、一朝一夕の試験対策では合格するのは難しいと思われる出題でした。

法律の問題について

法律の問題も多岐にわたっています。

組織再編を含む会社法はもとより、民事再生法、会社更生法、破産法、特別清算、金融商品取引法、労働契約法、弁護士法、未払賃金立替制度、私的整理ガイドライン、REVIC等々、非常に盛りだくさんであり、各々の法律についてある程度学んでいないと、択一式試験だからといっても正答することはかなり難しい試験内容となっています。

会計・財務の問題について

会計・財務の問題も、経営、法律と同様に広範に基礎的知識が求められています。

税効果会計関連の問題が最初に3題出てきたのには驚きましたが、キャッシュフロー、正常収益力、債務超過、ファイナンス、管理会計、企業評価、金融支援の手法、繰越欠損金、事業再生ADR、事業承継等々、非常に広範囲な出題となっています。

会計・財務の試験も他の2つの科目と同様に、ある程度広く深く学んでいないと得点することは難しいのではないでしょうか。

ATP試験の内容と実務の関係

事業再生の実務についている者から言えば、正直ここまでの知識、もっというと、ここまで正確な知識は不要です。
特に法律面では弁護士という専門の方がいらっしゃるので、ここまでの広範な知識は全く不要だと思います。
弁護士に聞けば済む話です。

事業再生士の資格を得るためのCTP試験の模擬試験よりも、事業再生士補の資格を得るためのATP試験のほうがはるかに難しく感じる事業再生の実務家は、私だけではないでしょう。
それは、ATP試験が細かい知識を問う試験の内容であるからです。

事業再生士補の資格を得るためのATP試験で問われている多くの知識は、ないよりは合ったほうがいいけれども、その知識は会計士や弁護士や税理士が知っていることなので、事業再生の現場で新たな価値など生まないはずです。

そもそも、事業再生とは「事業を再生する」ことに他ならないのですから、この試験で問われているような細かい会計や税務や法律などの知識を問うことよりも、「事業構造を変えうる基礎的思考力」を問うような出題に変えていくことが大切ではないでしょうか。

その「事業構造を変えうる基礎的思考力」の土台となるものはロジカル・シンキングであり、クリエイティブ・シンキングなどの思考法であり、道具としてマーケティングやデジタル・マーケティングであるはずですが、そういった出題は全く見ることができませんでした。

マーケティング思考については、下記の記事を参考になさってください。

このような会計や税務や法律などの旧態依然とした「専門性」を、いまだに重視した出題を行っているということは、結局「事業そのものを再生する」ことよりも、いかに事業再生プロセスにおける客観性、公平性、法的準拠性などの形式性を重視しているかということの証左でもあるわけです。

もっというならば、「事業再生の専門家]を育てるというよりも、むしろ、「事業再生手続きの専門家]を育てようとしているようにしか見えません。

また、このATP試験を主宰している協会の理事の方々の専門の枠内からの出題にしかなっておらず、これからの時代に本当に必要な知見を問うような試験内容になっていないことは誠に残念で仕方がありません。

これは事業再生士補の資格を得るためのATP試験だけでなく、その後に控える事業再生士の資格を得るためのCTP試験でも同様なことが言えます。

事業再生士補や事業再生士と、資格のタイトルに「事業再生」と付けている以上、会計士、弁護士、税理士等の旧式な専門家を使いつつ、事業を再構築するディレクションができる専門家としての資質を身に付けた、「事業再生手続きの専門家」ではなく、「事業再生の専門家」を育てる試験であってほしいとおもいます。

会計士でもない、税理士でもない、弁護士でもないけれど、会計、財務、税務、法律に少しだけ詳しい中途半端な専門性を身に付けたところで、彼らの専門性になど適うわけがないのですから、タイトルの通り、「事業そのものを再生する」ことのディレクターとしての専門家になる他には、事業再生士の存在意義などないはずです。

会計士の自分が言うのも何ですが、事業再生を会計士や弁護士や税理士に任せていたって、事業の再生などほぼできないのです。
会計や法律や税務で事業そのものが良くなるなんてことは絶対にありません。

これらの士業から事業再生の主流を奪い取り、「事業そのものを再生する」ことのディレクションができる事業再生の専門家が多く出てくることを期待してやみません。

事業再生の専門家に必要な知識とスキルについては、下記の記事を参考になさってください。

事業再生におけるマーケティングの重要性については、下記の記事を参考になさってください。

事業再生に取組むにあたって相談するべき専門家の選び方については、下記の記事を参考になさってください。

事業再生の論点については、下記の記事を参考になさってください。