事業承継における経営者保証の取り扱い【原則:引き継ぎません。】

そろそろ息子へ事業承継で代を譲ろうかと考えているのだが、息子がオヤジの作った借金の保証人になるのはごめんだと事業承継に前向きではない。
息子に社長を譲りたいけど、息子に保証人を押し付けるのはかわいそうだし。
でも、保証人を解除するなんてそんな都合のいいこと、銀行は許さないだろうし・・・

こんなお悩みをお抱えの事業承継を考え始めた経営者はきっと多いことと思います。
経営者保証を解除して、息子さんへ気持ちよくバトンを渡せたら、安心して引退できますものね。

この記事を読むことで、経営者保証についての理解が深まり、ご子息等へ事業承継を進めるにあたって、大きなネックとなっていた経営者保証の解除の問題をどう考えればいいのかがよく理解できます。
その結果、安心して事業承継を進めることができます。

本記事は、中堅・中小企業の事業再生にたずさわって20年以上、200社超の再生案件に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生に導いた事業再生のプロである公認会計士が書きました。

まず、結論から書きますと、経営改善によって会社の状況を良くしておくことで、事業承継の時に、後継者が銀行借入金の連帯保証(経営者保証)を提供しなくてもいい可能性がぐっと高まります。

経営者保証と事業承継の関係

経営者保証と事業承継の関係中小企業経営者が銀行等から借金をする時に求められる連帯保証(以下、経営者保証)は、経営者の事業マインドにとって大きなマイナス要因となることもあって、2013年に全国銀行協会等が中心となって「経営者保証ガイドライン」が策定・公表され翌年より運用されてきました。

このガイドラインの運用によって、新規の融資について経営者保証を提供しない融資の割合が増加し、事業承継する際に前経営者、後継者のどちらからも二重に保証を求める(以下、二重徴求)割合の低下など、経営者保証に依存しない融資が徐々に広がってきました。

ただ、先代から後継者へ事業承継される際に、後継者と目される人物が経営者保証の引継ぎを理由に、事業承継自体を拒否するケースが一定数存在することが指摘されているなど、事業承継時の経営者保証の解除の問題についての検討は、2013年公表の経営者保証ガイドラインでは十分ではなかったように思われます。

このように、経営者保証の存在が円滑な事業承継を阻害しているという大きな問題があります。

経営者保証ガイドラインの特則の策定の経緯

経営者保証ガイドラインの特則の策定の経緯中小企業においては年々高齢化が進み、休業や廃業や解散の件数が年々増加する傾向にあって、さらには廃業予備軍と呼んでもよい後継者が未定の企業の多く存在している中で、このまま後継者が不在であることを理由に事業承継を断念して、廃業企業がさらに増えれば、地域経済がますます疲弊して衰退し、地域が持続不可能な状態にまで陥ることも懸念されます。

そのような中で、2019年6月21日に閣議決定された「成長戦略実行計画」では、中小企業の生産性を高めて、地域経済にも貢献するための施策として、経営者保証が事業承継の阻害要因とならないように、原則として前経営者、後継者の双方から二重徴求を行わないことを盛り込んだ経営者保証ガイドラインの特則策定が明記されました。

そして、この実行計画を受けて2019年12月24日に全国銀行協会と日本商工会議所は『事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則』を公表しました。

この特則は、全国銀行協会と日本商工会議所が中心となって2013年に策定した「経営者保証ガイドライン」を補完する位置づけにあり、2020年4月から適用が開始されました。

この特則は、2013年公表のガイドラインと同じく強制力を持つものではありませんが、金融機関に順守を求めて、金融庁もこの特則の尊重を呼びかける要請文を関係各機関に送付しています。

経営者保証ガイドラインの特則の内容

経営者保証ガイドラインの特則の内容経営者保証ガイドラインの特則は、対象債権者(銀行等)の対応、主たる債務者および保証人の対応と大きく2つに分かれており、対象債権者(銀行等)の対応は、前経営者・後継者双方との保証契約、後継者との保証契約、全経営者との保証契約の3つに分けて記載してあります。

対象債権者(銀行等)の対応

前経営者・後継者双方との保証契約

経営者保証ガイドラインの特則によれば、前経営者、後継者の双方から二重に保証を求めないことを原則としています。

例外的に二重に保証を求めることが本当に必要な場合には、その理由や保証が提供されない場合の融資の条件等について、前経営者、後継者の双方に十分に説明をして、理解を得ることとしています。
例外的に二重徴求が許容される場合として、以下のような例示をしています。

・前経営者が死亡し、相続確定までの間、前経営者の保証を解除せずに後継者に保証を求める場合。

・前経営者が引退等で経営権・支配権を有しなくなり、後継者に経営者保証を求めざるを得ない場合に、法人から前経営者に多額の貸付金等の債権が残存していて、その債権が返済されない場合に法人債務の返済能力が著しく低下するなど、前経営者に対する保証を解除することが著しく公平性を欠くことを理由にして、後継者が前経営者の保証を解除しないことを求めている場合。

・金融支援を実施している、または元金等の返済が事実上延滞している先で、前経営者から後継者へ多額の資産等の移転が行われている、または、経営者と後継者の双方に対して多額の貸付金等の債権が残存しているなどの特段の理由によって、前経営者、後継者の双方から保証を求めなければ、金融支援を継続することが困難となる場合。

・前経営者、後継者の双方から、専ら自らの事情により保証提供の申し出があり、この特則上の二重徴求の取り扱いを十分に説明したものの、申し出の意向が変わらない場合。(自署、押印された書面の提出を受けるなど、対象債権者から要求されたものではないことが必要)

(出典:事業承継時に焦点をあてた「経営者保証ガイドライン」の特則)

この例示を見ればわかるように、極めて例外的な事項だけを二重徴求を容認するケースとして例示しており、通常の場合には、二重徴求は求めてはならないことがよく理解できます。

また、対象債権者には、事業承継時に乗じて安易に債権の保全を強化することや、上記の例外的取り扱いの拡大解釈による二重徴求を行わないようにする必要があるとし、事業承継時に単独代表から複数代表になったことや、代表権は後継者に移転したものの、株式の大半は前経営者が保有しているといったことのみで二重徴求を判断することがないようにと注意を喚起しています。

後継者との保証契約

後継者に対して経営者保証を求めることが事業承継の大きな阻害要因となりうるので、事業承継に際して経営者保証を当然に引き継がせるのではなく、必要な情報の開示を得た上で、保証契約の必要性を改めて検討し、事業承継に与える影響も十分に考慮して、慎重な判断をすることを、対象債権者に求めています。

具体的には、経営者保証を後継者に求めることで事業承継が拒絶される可能性、拒絶されて事業承継がなされなかった場合に地域経済の持続的な発展に与える影響、金融機関自身への経営基盤への影響などを勘案して、「経営者保証ガイドライン」第4項(2)の要件の多くを満たしていない場合でも、総合的な判断として経営者保証を求めない対応ができないか真摯かつ柔軟に検討することを求めています。

「経営者保証ガイドライン」第4項(2)の要件とは下記の項目になります。

・法人と経営者個人の資産・経理が明確に分離されている。

・法人と経営者の間の資金のやり取りが、社会通念上適切な範囲を超えない。

・法人のみの資産・収益力で借入返済が可能と判断しうる。

・法人から適時適切に財務情報等が提供されている。

・経営者等から十分な物的担保の提供がある。

(出典:経営者保証ガイドライン)

ここで重要なポイントは、これらの多くを満たしていなくても、他の要件を総合的に勘案して経営者保証を徴求しないことを検討しなさいと対象債権者に求めているところです。
経営者保証の存在によって事業承継を拒否されることで廃業となり、その結果地域経済が衰退すれば、それはそのまま対象債権者の財務基盤を揺るがすことにもなるのだと警告をしているものと考えられます。

そして、ここで総合的に勘案することを求めているその他の要件とは、下記の事項をいうものとされています。

① 主たる債務者との継続的なリレーションとそれに基づく事業性評価や、事業承継に向けて主たる債務者が作成する事業承継計画や事業計画の内容、成長可能性を考慮すること。

② 規律付けの観点から対象債権者に対する報告義務等を条件とする停止条件付保証契約等の代替的な融資手法を活用すること。

③ 外部専門家や公的支援機関による検証や支援を受け、ガイドライン第4項(2)の要件充足に向けて改善に取り組んでいる主たる債務者については、検証結果や改善計画の内容と実現見通しを考慮すること。

④ 「経営者保証コーディネーター」によるガイドライン第4項(2)を踏まえた確認を受けた中小企業については、その確認結果を十分に踏まえること。

(出典:事業承継時に焦点をあてた「経営者保証ガイドライン」の特則)

「経営者保証ガイドライン」第4項(2)の要件の多くが満たされていないような場合であっても、事業性評価を行った結果、債務者のビジネスの成長性等があるとか、現時点ではそれら要件を満たしていないとしても、外部専門家の支援を受けて要件充足に向けて改善中であるとか、経営者保証コーディネーターのそれら要件の確認結果を尊重するなどをもって、経営者保証を徴求しなくてもよいと判断できないかどうかの検討を求めているものです。

さらには、経営者保証を徴求せざるを得ない場合でも、定期的な財務報告を停止条件とする保証契約で代替できないかまでも検討することまで求めている内容になっています。

ここまで踏み込んで、経営者保証を徴求しなくても債権者側に過度にリスク移転が生じないような妥協点を探すように求めているところなどからも、国が経営者保証の徴求が事業承継の足かせになっている大きな問題点であると認識していることがわかります。

また、総合的に判断した結果、後継者に経営者保証を徴求することが止むを得ないと判断された場合には、以下のような対応を検討するように求めています。

・資金使途に応じて保証の必要性や適切な保証金額の設定を検討すること。
たとえば、正常運転資金や保全が効いた設備投資資金を除いた資金に限定した保証金額の設定など。

・後継者の経営者としての規律付けを行う観点や、財務状況が改善した場合に、保証債務の効力を失うこと等を条件とする解除条件付き保証契約等(注1)の代替的な融資手法を活用すること。

・主たる債務者の意向を踏まえ、事業承継の段階において、一定の要件を満たす中小企業については、その経営者を含めて保証人を徴求しない信用保証制度(注2)を活用すること。

・主たる債務者が事業承継時に経営者保証を不要とする政府系金融機関の融資制度(注3)の利用を要望する場合には、その意向を尊重して真摯に対応すること。

(出典:事業承継時に焦点をあてた「経営者保証ガイドライン」の特則)

後継者に経営者保証を徴求せざるを得ないような場合でも、全ての与信について経営者保証を徴求するのではなく、不動産担保で保全が効いている部分や、正常運転資金などを除外した非保全部分についての金額だけを保証金額として設定する、解除条件付き保証契約等(注1)で代替する、信用保証協会の信用保証制度(注2)を活用して、プロパー融資を保証協会の保証付き融資に切り替える、経営者保証が不要である政府系金融機関の融資制度(注3)に利用を勧めるなど、後継者の保証債務の負担を極力減らすような努力をすることを、対象債権者に求めている内容となっています。

(注1):解除条件付き保証契約
解除条件付き保証契約とは、主たる債務者が特約条項(コベナンツといいます)を充足する場合には、保証債務が効力を失う保証契約をいいます。

たとえば、主たる債務者である会社が、財務状況が改善することをコベナンツとし、これが達成されたら保証債務が効力を失って、経営者保証が解除されることになるような契約をいいます。

経営者に経営改善や事業構造改革に対するインセンティブを持たせて、コベナンツで設定した数値目標(たとえば、自己資本比率10%)を超えたら、保証契約が効力を失い、経営者保証が解除されることとするなどです。

個人的には、最初から経営者保証を解除することも事業承継を円滑に進めるという観点からは大切ではあると思いますが、債務者企業の経営改善、構造改革を進めるためには、こうした解除条件付き保証契約はとても有効であると思っています。

事業承継と経営改善を同時に勧めるためには、数値目標を計画化してインセンティブを与えて経営改善を進め、結果として経営者保証を解除するというスキームは理想だと思います。

(注2)信用保証制度
ここでいう信用保証制度とは、2020年4月より開始された「事業承継特別保証制度」のことをさしており、経済産業省が進めている「事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策」の目玉とされるエポック・メイキングな画期的な保証制度になります。

保証申込受付日から3年以内に事業承継を予定する具体的な事業承継計画を有しており、主たる債務者が資産超過である等の財務要件を満たす中小企業に対して、経営者保証が提供されている借入(事業承継前のものに限る)を借り換えて無保証とするものであり、事業承継の大きな障害となっている経営者保証を解除し、事業承継を促進することを企図しています。

この保証制度の画期的なところは、経営者保証のある既存のプロパー借入についても借換を可能とするという異例の制度であり、金融実務の世界ではご法度とされていた「旧債振替」を積極的に推進することになったものです。
経済産業省が経営者保証のない融資実務慣行の確立を本気で目指していることが伺い知ることが出来ます。

プロパー融資では経営者保証を徴求せざるを得ないと判断した場合には、信用保証協会の保証メニューにこういった画期的なものが生まれたので、プロパー融資を保証協会の保証付き融資に切り替えることも、対象債権者は検討しなさいということなのです。

(注3)政府系金融機関の融資制度
政府系金融機関の融資制度には、日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」があります。

プロパー融資では経営者保証を徴求せざるを得ないと判断した場合には、無保証で融資が可能な日本政策金融公庫の制度に切り替えることも対象債権者は考えなさいということです。
債務者企業が事業承継にあたって、この融資制度を使いたいと申し出れば、金融機関はその意向を尊重することを求めているのです。

前経営者との保証契約

前経営者は実質的な経営権や支配権を有しているといったような特別な事情がない限り、いわゆる「第三者」に該当する可能性があります。

2020年4月1日からの改正民法の施行によって、第三者保証の利用が制限されることや、金融機関では経営者以外の第三者保証を求めない融資慣行を確立することが求められている点を考慮して、保証契約の適切な見直しを検討するべきとしています。

前経営者に引き続き保証契約を求める場合には、前経営者の株式保有状況(議決権の過半数を有しているかどうか)、代表権の有無、実質的な経営権・支配権の有無、既存債権の保全状況、法人の資産、収益力による借入返済能力等を勘案して、保証の必要性を慎重に検討することが必要であるとしています。

主たる債務者および保証人の対応

主たる債務者および保証人が経営者保証を提供することなしに事業承継を希望する場合には、まずは、経営者ガイドライン第4項(1)に掲げる経営状態であることが求められます。
この要件が未充足である場合には後継者の負担を軽減させるために、事業承継に先立ち要件を充足するように主体的に経営改善に取り組むことが必要とされています。

経営者ガイドライン第4項(1)に掲げる経営状態とは下記の3つの事項を指します。

①法人と経営者との関係の明確な区分・分離

主たる債務者は、法人業務、経理、資産所有等に関して、法人と経営者の関係を明確に区分・分離し、法人と経営者との間の資金のやり取り(役員報酬、役員賞与、配当、オーナーへの貸付等)を社会通念上適切な範囲内を超えないものとする体制を整備するなど、適切な運用を図ることを通じて、法人個人の一体性の解消に努める。

また、こうした整備・引用の状況について、外部専門家(公認会計士・税理士等をいう。以下同じ。)による検証を実施し、その結果を、対象債権者に適切に開示することが望ましい。

②財務基盤の強化

経営者保証を提供しなくても円滑に資金調達を行いうるように、主たる債務者は財務状況および経営成績の改善を通じた返済能力の向上等により信用力を強化することを求めています。

③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保

主たる債務者は、資産負債の状況(経営者のものも含む)、事業計画や業績見通し及びその進捗状況に関する対象債権者からの情報開示の要請に対して、正確かつ丁寧に信頼性の高い情報を開示・説明することにより経営の透明性の確保する。

なお、開示情報の信頼性の向上の観点から、外部専門家による情報の検証を行い、その検証結果と合わせた開示が望ましい。
また、開示・説明した後に、事業計画・事業見通し等に変動が生じた場合には、自発的に報告するなど適時適切な情報開示に努める。

(出典:経営者保証ガイドライン)

    漫然と経営を続けていて、経営者保証を承継することはしないということは、一方的にリスクを金融機関サイドへ移転させてしまうことになり、認められるものではありません。
    経営者保証を徴求しないということは、債権者の債権の担保となるのは会社資産だけとなることから、債務者企業の財政状態を望ましいものであることが、当然に求められます。

    また、2016年12月に公表された「事業承継ガイドライン」では、事業承継に向けたステップとして、①事業承継に向けた準備の必要性の認識、②経営状況・経営課題等の把握(見える化)、③事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)、④事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合)/M&A等のマッチング実施(社外への引継ぎの場合)、⑤事業承継の実行、の5つのステップを定め、計画的な事業承継を促しています。

    この「事業承継ガイドライン」を参考にしつつ、事業承継後の取組も含めて、上記の3つの対応を求めています。

    経営者保証は引き継がない

    経営者保証は引き継がないここまで、経営者保証ガイドラインの特則の内容を見てきましたが、結論としては、事業承継において経営者保証を解除することは可能であるということです。

    ただ、漫然と経営をしているだけでは、事業承継時に対象債権者である銀行に対して、経営者保証を提供しない旨を伝えても一蹴されてしまいます。

    銀行側にリスクを一方的に押し付けるだけでは、より良い金融取引を継続していくことはお互いに困難ですので、経営者保証を承継しないことを銀行側に受け入れてもらえるためにも、経営改善、事業構造改革に取り組んで、財務内容に問題のない会社を作り込んでいくことが肝要です。

    したがって、事業承継時に後継者が経営者保証を提供しなくてよい前提条件である、財政状態と経営成績の改善を抜本的に進める必要があります。
    事業承継ガイドラインにも記載のとおり、事業承継を計画的に捉えて、事業承継に向けて日々経営改善に取り組むことをお勧めいたします。

    2020年4月1日より、信用保証協会において「事業承継特別保証」の取り扱いが開始され、事業承継資金の借入にあたって経営者保証を不要とする画期的な制度融資が開始されました。
    「事業承継特別保証」の詳細については下記の記事を参考になさってください。

    後継者に経営者保証なしでのびのびと事業に取り組ませてあげることができるように、事業承継と事業再生の専門家に相談しながら、今から計画的に準備していきましょう。
    事業承継と事業再生の専門家の選び方については下記の記事を参考になさってください。