予算実績差異分析という管理会計の手法を取り入れたはいいものの、毎月そこに時間を取られてしまって営業に割く時間が十分取れないんだよね。
顧問税理士から「管理会計を導入して経営を見える化し、課題点を見つけて、もっと儲かるようにしていきましょう。」と勧められたので、TKCから管理会計ソフトを導入して、顧問税理士の指導を仰ぎながら、予算と実績の比較を行って、毎月顧問税理士さんとの打ち合わせの中でその差異の検討をしているのだけど、そもそもこれって役にたっているのだろうか?
こんなことを思いながら、顧問税理士と予算実績差異分析を行って、なぜその差異が生じたかを考えるということが毎月のルーティーンになっている経営者の方はとても多いのではないでしょうか。
この記事を読むことで、管理会計の手法である予算実績差異分析が経営の役に立つのかどうかが、よく理解できるようになり、あなたの今後の行動が変わります。
本記事は、中堅・中小企業の事業再生に20年以上取り組んで、200社以上の再生案件に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生に導いてきた事業再生のプロである公認会計士が書きました。
予算実績差異分析は経営に役立つのか?
結論から申し上げると、予算実績差異分析を毎月行っても経営の役になど立ちません。
うすうす気づいていらっしゃる経営者の方も多いと思いますが、毎月毎月貴重な時間をかけて、顧問税理士と予算実績差異分析を行ったところで、経営の役になど全く立たないのです。
そのような無駄な時間を過ごすくらいなら、予算実績差異分析などという管理会計のツールは捨て去って、空いた時間で明日の営業に備えて昼寝でもしておいたほうがましなのです。
世の中に広まった理由
期初(月初)に予算を作成して、期末(月末)に実績が確定すると、予算と実績を比較して差異を算出し、なぜその差異が生まれたかを分析することを管理会計だと信じている中小企業の経営者はとても多いですよね。
なぜ、このような誤解が広く生じているかと言えば、それは、管理会計のソフト開発会社が税理士業界を巻き込んで、管理会計ソフトを中小企業に販売したことが原因だと、私は思っています。
TKCなどの管理会計のソフト開発会社は、税理士の先生方に、彼らの顧問先にこの管理会計のソフトの導入を勧めてもらえば、ビジネスが順調に拡大します。
一方、顧問先にその管理ソフトを勧める税理士の先生方からすれば、自分達が全く門外漢である「経営指導」を予算実績差異分析を通じて実施できるようになれば、顧問料の値上げの格好の理由になるということで、両者はwin-winの関係となって、その蜜月が続いてきたわけです。
伝統的な管理会計の一部として確かに予算実績差異分析は存在していますが、それは広範な管理会計のごくごく一部であって、予算実績差異分析をもって管理会計と呼ぶことなど到底できないわけですが、管理会計をしっかりと学ぶ機会のない税理士の先生方からすれば、予算実績差異分析こそが管理会計の全てなのです。
税理士の先生が顧問先に対して「管理会計を導入して、経営を見える化しましょう!」などと言えば、それはすなわち「予算実績差異分析を導入すること」に他なりません。
一方、顧問税理士から、予算実績差異分析という「経営の見える化ツール」の導入を進言された経営者からすれば、管理会計などの導入を行って適切な経営成果の把握を定期的に行うことができれば、銀行からも褒められるし、経営者としてワンランク、ステップアップしたような気になるのでしょう。
管理会計等への理解が十分ではない中小企業の経営者は、期初に時間をかけて予算を設定し、毎月顧問税理士と予算実績差異分析で出てきた差異を検討することが、世の中で広く行われている管理会計というものなのだと疑いも持たずにいます。
経営者が、自社が管理面の強化を図って会社らしくなってきたと満足しているならば、管理会計のソフト開発会社、顧問税理士、中小企業経営者という、関連当事者の全てがwin-winの関係でいられることになって、管理会計ソフトとはなんと素晴らしい商品なのだ!ということになろうかと思いますが、果たしてこの状況は望ましいのでしょうか。
ちなみに、予算実績差異分析を導入しても「経営の見える化」などできるわけがありませんので、ご注意ください。
分析の方法
下記に予算実績差異分析の雛形を示しています。
財務諸表の損益計算書と同じ費目を使って、期初に年間の予算を月次ベースで立てます。
ここに示しているのは、20XX年7月の月次の予算とその実績値、およびその予算と実績値の差異です。
予算実績差異分析は、予算と実績を比較してその差異を算定し、その差異が生じた原因を究明し、今後の経営活動に役立てようとするものです。
たとえば、上記の表では、給与手当が予算よりも5,000千円少なく、逆に雑給が2,000千円多く発生しています。
そして、これをみた顧問税理士の先生は、「給与手当が予算よりも5,000千円少なく、逆に雑給が2,000千円多く発生していますが、それはなぜですか?」と経営者に聞きます。
これに対して経営者は、「それは、労働環境への不満から退職者が出たことと、その人員不足を解消するために派遣社員を採用したためです。」と答えます。
予算と実績値の間での数値の変動と、これに対する明快な回答であり、数値の変動とその原因としての事実に特段違和感がないので、この差異の説明としては問題がなかろうということになります。
このように、予算作成責任者が予算と実績が乖離した場合に、その説明責任を負うことをアカウンタビリティ(accountability=説明責任)と呼びますが、まさにこの経営者の回答は説明責任を果たしているということになります。
また、上記の表で、接待交際費の実績値が予算額を2,500千円オーバーしてしまっていますが、これを見た顧問税理士が、「接待交際費が予算を2,500千円超過していますが、それはなぜですか?」と質問をします。
これに対して経営者は、「それは、営業が開拓した新しい取引先と口座開設交渉を続けている中で、先方の幹部と新地で食事会を開催したためで、予算には計上されていなかったものです。」と答えます。
予算をオーバーすることがダメなわけではなく、予算をオーバーした時には、しっかりとその理由を説明できて、その理由が合理的なものであれば何ら問題ないわけであって、この場合も説明責任をしっかり果たしたことになります。
このような形で、毎月予算と実績値との乖離を差異として把握して、その差異の発生原因を明確にすることで、利益をコントロールしていこうとするものが予算実績差異分析という管理会計の1つのツールなのです。
売上予算と経費予算
さて、先ほど見てきたように、予算実績差異分析は、予算と実績との差異を分析してその発生原因を明確にすることで、利益をコントロールしていこうとするものなのですが、次のような顧問税理士の質問はどうでしょうか。
「売上予算は15億円だったところ、実績値は14.5億円と5千万の不利差異(マイナスの差異)が生じていますが、これはなぜでしょうか。」
これに対して経営者は、「商品Yの売れ行きが思った以上に伸びなかったことが原因です。前期はよく売れた商品だったのですが、今期はなぜだか大きく売上を落としています。売上が落ちた原因は現在調査中です。」
このケースでは差異が生じた原因を現在は調査中ということで、現時点では差異の原因は不明ですが、説明責任を果たそうと原因を調査していることから、損益管理の観点、もしくは説明責任の観点から現時点で問題となることはありません。
さて、前項で人件費と接待交際費を取り上げて予算実績差異分析を説明し、この項では売上を取り上げてみました。
前項は経費予算を取り上げ、この項では売上予算を取り上げていますが、予算実績差異分析において、この両者の違いが理解できますでしょうか。
その違いとは、経費はコントロールしやすく、売上はコントロールが難しいということです。
経費がコントロールしやすいのは当たり前の話で、固定費の場合は、会社の操業度(売上)の規模に応じてその発生額はほぼ決まってくるからであり、無駄遣いをしない限り、一定の発生額から大きく乖離することはありません。
また、変動費は材料費と外注加工費だけですが、これらは単価と消費量の掛け算で表されるので、単価のコントロールと消費量のコントロールを行えばよいわけで、その管理が難しいわけではありません。
したがって、今回説明に用いた事例のように、経費については、それが変動費だろうが固定費だろうが、わざわざ費目ごとに分けて細かく差異分析を実施する必要もないわけです。
売上の規模が決まれば変動費は総額で売上の〇〇%、固定費が総額で〇〇〇万円などという形でざっくりと管理しておけばよく、費目ごとに時間をかけて細かく管理する必要などありません。
にもかかわらず、予算実績差異分析では、それをわざわざ費目ごとに分解して、予算と実績との比較から差異を算出し、その差異の発生原因を究明させていますが、そこから何らかの建設的な、つまりは利益の増加に貢献するような洞察が生まれてくるでしょうか。
「社長の接待交際費の遣い過ぎを指摘できて、社長に新地行く回数を減らしてもらうことができたら、利益が増加しますやん。」というような主張が聴こえてきそうですが、そもそもそんな稚拙な事象を指摘するためのツールでしかないならば、予算実績差異分析など不要でしょう。
変動費だろうが固定費だろうが、経費については貴重な時間を費やして細かく費目別で予算管理する必要などないのです
管理会計の本来の目的は、利益の増加を手助けすることにありますから、それは本来売上を増加させることに寄与するべきものです。
それがいつの間にか、利益を増加させるために経費をコントロールすることに意味がすり替えられ、税理士などが指摘しやすい経費管理に主眼が移って行ってしまったのです。
予算実績差異分析で経費の分析などほぼ意味がないことはご理解いただけたと思いますが、逆に重要なのが売上の管理なのです。
売上の管理をどうするか?
経費の場合には、その発生額が売上の規模に応じてほぼ予想できてしまうので、予算実績差異分析で費目ごとに細かく管理して差異分析しても、時間と手間がかかるだけで全く意味がありません。
売上の場合は、予算と実績との差異に意味が生じるのは、適切に売上予算が設定された場合だけです。
売上予算として設定された数値がしっかりとした根拠のないものであったならば、実績値との間で計算される差異には何ら意味などありません。
前年の5%増しで設定した売上予算や、鉛筆ナメナメで設定した売上予算と実績値を比較して差異を算出しても、その差異には何も意味がないことはご理解いただけるでしょう。
また、売上予算と実績売上との差異に意味があるのは、売上予算が適切に策定された場合だけだと書きましたが、確かにその差異には意味はあるのですが、予算実績差異分析でその差異を検討してもこれまた何ら意味があるものではないのです。
なぜなら、財務諸表上に計上される財務数値とは、最終的な結果としての数字でしかないので、その最終的な数字の差異を把握して、その差異に意味があるものであっても、経営に資する情報とは言えないからなのです。
つまり、財務諸表上に計上される「売上」という数値は企業の様々な活動の結果であって、最終数値である「売上」を管理しても意味などないわけです。
管理会計で管理するべき対象は、売上という最終的な結果をもたらす原因としての活動の組み合わせであるということです。
先程「適切に策定された売上予算」と書きましたが、売上を上げるために最も効率的な、因果関係の強い活動の組み合わせの下で策定された売上予算であれば、実績値と比較して差異を分析する対象となりえるのです。
管理会計の要諦は、「売上を上げるために最も効果的な、強い因果のロジックで繋がった活動の組み合わせ」を管理し、売上に至る途中の活動が生み出す非財務数値の管理を行うことで、最終的な売上という財務数値の向上を目的とすることです。
こういった管理会計の本質を学ばないままに、管理会計のごくごく1部でしかない予算実績差異分析などというツールだけを取り出して、財務数値だけで差異分析を実施しても、その差異分析からは、経営に役立つ情報としての洞察は何ら得られないということです。
予算実績差異分析は役に立たないどころか害悪である
税理士が顧問先で主導する予算実績差異分析では、管理会計で管理の対象とするべき売上については、何ら手当てがなされません。
先程の例でも、税理士が、「売上予算は15億円だったところ、実績値は14.5億円と5千万の不利差異(マイナスの差異)が生じていますが、これはなぜでしょうか。」と質問をして、これに対して経営者は、「商品Yの売れ行きが思った以上に伸びなかったことが原因です。前期はよく売れた商品だったのですが、今期はなぜだか大きく売上を落としています。売上が落ちた原因は現在調査中です。」と答えたとします。
すると税理士は、「そうですか、では、がんばってください。」と励まして終わるのが関の山でしょう。
そもそも、売上予算15億円がどのような活動のロジックで策定されているのか、そのロジックの適切性と因果関係の強さを検証するべきなのですが、税理士は「売上予算の策定方法」などはご存じないので、そのような検証をすることは不可能だからです。
このように、世の中で広く税理士を中心に広まっている予算実績差異分析は、費目ごとに細かく分けて管理する必要性などない経費予算の差異分析に時間をかけて、重点的に差異分析を実施しなければならない売上については、そもそも適切な予算設定方法の指導ができない、売上という最終的な結果としての数値に至る活動の連鎖が管理の対象だという認識すらない、活動の成果としての非財務数値の管理方法を知らない等々の理由で、全く管理ができていないのが現状です。
税理士の顧問料アップのための方便を作るために、全く役に立たない予算実績差異分析というツールを顧問先に導入し、経営に資する情報など何も得られない分析のために、多くの時間を顧問先に割かせ、管理部門の強化が図れていると顧問先の経営者を勘違いさせているのは、本当に罪であるとさえ思います。
税理士のスキルについては、下記の記事を参考になさってください。
事業再生を税理士に任せても大丈夫なのだろうか。税理士は税金の専門家であって経営の専門家ではないのだから、事業再生をお願いしても無理があるのではないか。こんなお悩みをお抱えの経営者は多いのではないでしょうか。そんなお悩みにズバリ回答します。
期初に多くの時間をとって予算策定を行い、毎月毎月貴重な時間を割いて無意味な予算実績差異分析を行うというムダなことはそろそろ止めにしませんか?
多くの中小企業が飛躍できない大きな原因は、意味のない管理会計もどきに時間を取られて、やるべきことができていないことです。
やるべきこととは、売上を上げていくためにはどのような活動の選択と組み合わせを行うかという「戦略」の策定を行うことです。
中堅・中小企業の売上を伸ばして利益を増やすために管理会計がやるべきことは、売上に至る活動の選択とその間の因果関係の強化だけなのです。
事業再構築補助金に採択される方法については、下記の記事を参考にされてください。
事業再構築補助金に応募したが採択されなかった。第3次以降の公募で何とかこの補助金を獲得したいのだが、今サポートをお願いしている認定支援機関の先生ではどうも力不足の感が否めない。このようなお悩みをお持ちの経営者のお悩みにお答えします。
管理会計のより詳しい解説は、下記の記事を参考になさってください。
管理会計の導入のコンサルティングを受けたいのだが、どこに頼めばいいのだろう。管理会計で経営に役立つ情報提供システムを構築したいが、税理士の主導する管理会計である予算実績差異分析は全く役に立たないし。このようにお嘆きの経営者に朗報です。
事業再生コンサルティングについては、下記の記事を参考にされてください。
企業再生のコンサルティングって、本来はどんな内容なのだろう。分厚い計画書作ることと借入金のリスケを行うだけなら、わざわざ利用する意味ないしね。そのコンサルティングのあるべき姿を教えてもらえたら、相談するべき専門家の選び方もわかるよね。