消費者インサイトとは何か?【新しい視点と価値を提示するもの】

消費者インサイトという何やら小難しいものがマーケティングの世界にはあるらしく、それを理解して実務に落とし込むことができたら、ビジネスが大きく躍進することもあるらしい。

自社でも取り組むことができるのならば、ぜひ取り組んでみたいと思うので、わかりやすく教えてほしい。

このようなお悩みをお持ちの、学びと実践を大切にする経営者の方はとても多いように思われます。

この記事を読むことで、マーケティング戦略を考える際に必須の消費者インサイトとはいったい何なのか、どのように自社のビジネスに落とし込むのかが理解でき、ビジネスに役立つマーケティング戦略の立案ができる可能性が高まります。

本記事は中堅・中小企業の事業再生に取り組んで20年以上、200社超の再生案件に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生へと導いてきた、企業再生のプロフェッショナルである公認会計士が書きました。

消費者インサイトとは何か?

消費者インサイトとは何か?消費者インサイトは、顧客インサイト、コンシューマー・インサイト、カスタマー・インサイト、ターゲット・インサイト などとも呼ばれるもので、一般的には、「消費者も気付いていない無意識の中に存在するホンネ」という意味で説明されることが多いものです。

Googleで「消費者インサイト」を検索してみると多くのページがヒットしますが、ほぼすべてのページでなされている、この言葉の説明は、先に書いたように「消費者も気付いていない無意識の中に存在するホンネ」というようなものばかりです。

しかしながら、私は、消費者インサイトの本質からすれば、この定義は2つの視点が抜け落ちてしまっているので不十分であると思っています。

第1に、どうも、インサイトという言葉は、「ホンネ=人間の深層心理に潜む、嘘偽りのない感情や欲求」にフォーカスされ過ぎている感じがあって、この定義では、こういったホンネとは関係のないインサイトの存在が無視されていることになります。
ホンネとは関係のないインサイトというのは、「嘘偽りのない感情や欲求」とは関係がないのだけれども、目の前に新たな視点を提示されたことで、「そんな視点もあるんだ!」とはっとする類のインサイトを指します。

第2に、「消費者インサイト=消費者のホンネ」という定義では、単に消費者の深層心理に横たわる気持ちを推し量っただけであり、このままでは、何らビジネスへの貢献がないわけです。

そもそも消費者インサイトという言葉は、マーケティング上の概念に他ならないので、最終的に関係者の行動に結びつく、つまりは行動変容を生じさせるものでなければお話にならないわけですが、こういった定義では、消費者インサイトに含意されているはずの「行動変容を生じさせること」という要件が抜け落ちてしまっていることになります。

以上のようなことから、私が考える消費者インサイトの定義は以下のようなものになります。

「消費者インサイトとは、何らかの行動の変化を生じさせる、消費者自身が気付いていない新しい視点の提示をいう。」

新しい視点は、消費者自身が気付いていない深層心理に潜む感情や欲求=ホンネであることもあるし、消費者自身が気付いていなかったモノゴトの新しい見方であることもあります。
どちらの提示を受けても、消費者がハッとして、行動変容を生じさせるのであれば、それはインサイトを突いたことになります。

ちなみに私は消費者インサイトを、生活者インサイトと呼んでいます。
消費する場面にしか焦点をあてない消費者という言葉よりも、消費以外のすべての場面を見に行く生活者という言葉のほうが、よりよく人間を見に行く姿勢としては大事だと思うからです。

マーケティング戦略における消費者インサイト

消費者インサイトの対象となるペルソナについては、下記の記事を参考にされてください。

ターゲティングについては、下記の記事を参考にされてください。

セグメンテーションについては、下記の記事を参考にされてください。

インサイトとは何か?

インサイトとは何か?そもそもインサイト(insight)とは、物事の本質を見抜く力、つまりは洞察力を表す言葉であり、我々の認識が及ぶ表層にある現象から、その奥底に存在する本質を見抜くこと、もしくは見抜く力のことをいいます。

我々が知覚できる現象としての、消費者の行動、態度、発言などから、その深層心理に潜んでいる気持ちを見抜くこと、または、モノゴトを見る視点を変えて、新しい価値を提示することが、インサイトの本質であるということです。

ここで大切なことは、消費者インサイトを得るということは、消費者を眺めていたら受動的に湧いてくるような類のものではなくて、消費者の行動、態度、発言などから、その深層心理に横たわる気持ちを、うんうんと頭をひねって考え抜いた結果もたらされるものだということです。
または、モノゴトを複層的に観察して、様々な視点を交錯させながら、脳みそに汗をかいた結果、その新しい価値を見つけ出すことに他ならないのです。

つまり、インサイトを得るとは、洞察することであり、それは、自身の知識と経験をフル活用して考え抜くことに他ならないわけであり、モノゴトを漠然と眺めていて湧いてくるようなものではないということには注意しましょう。

また、インサイトを得るために何らかの特殊な調査を実施する必要があると思っていらっしゃる方も多いようなのですが、調査自体がインサイトをもたらしてくれるはずもなく、調査等で得られた事実から自らが洞察によって発見するものなのです。

インサイトと潜在ニーズの関係

インサイトと潜在ニーズの関係消費者インサイトとよく混同される言葉に、消費者の潜在ニーズがあります。

Googleで「インサイトとニーズの違い」を書いてあるページを拝見してみると、「ニーズはすでに顕在化しているものであり、インサイトは自分でも気付いていない潜在的な感情や欲求である」というような類の説明がなされていることがとても多いのですが、この説明も正確性を欠いていると私は考えています。

ニーズ(needs)とは、人間が生活していく中で必要となる充足状態が不足している状態をさします。
ニーズの原義は、あくまでも「不足している状態=事実」であり、「不足状態」にあるから、それを埋めようとして「欲求」が生じることになります。

また、日常使われるニーズという言葉は、「不足状態」そのものでなく、それを埋めようとして生じる「欲求」も含めてニーズと呼ぶことがとても多いと思います。

「不足状態」または、「不足状態から生じる欲求」は、非常に抽象的な概念であり、これが具体化されたものがウォンツ(wants)という概念になります。
ニーズ(needs)とウォンツ(wants)の違いについては別稿で説明することにしますね。

そして、潜在ニーズとは、消費者が自分でも気付いていない「不足状態」または「不足状態からくる欲求」をいいます。

このように、潜在ニーズは単なる状態または、その状態からくる欲求に過ぎないものであって、先ほど説明したインサイトとは大きく違うものであることがご理解いただけると思います。

「消費者インサイトとは、何らかの行動の変化を生じさせる、消費者自身が気付いていない新しい視点の提示をいう。」という定義からもわかるように、消費者インサイトは、消費者の行動変容に結びつくという大きな特徴をもっていますが、潜在ニーズは、単なる状態または、その状態からくる欲求を表すにすぎず、行動変容の要件を含む概念ではないのです。

この点、世の中の多くの方が提示している消費者インサイトの定義である、「消費者も気付いていない無意識の中に存在するホンネ」は、潜在ニーズの定義そのものであって、インサイトの定義としては2つの視点が抜け落ちてしまっていることになるのは、先に説明したとおりです。

したがって、インサイトには、潜在ニーズを起点として行動へ向かうものと、潜在ニーズに基づかないけれども、新たなものの見方の提示を受けてハッとして行動に向かうものの2つの種類があるという説明ができることになります。

つまり、潜在ニーズはインサイトの1つの根拠としての役割を果たしているという関係にあるのです。

たとえば、フレンチ・レストランでお客様の観察を続けていたサービス・スタッフが、お客様の態度や言葉から、「お客様は、フレンチのコースの最後には、ちょっとした和食を口にしたいと思っていらっしゃるのではないか」と気付いたとします。
そして、この気付きをシェフに話してみたところ、シェフもそれに賛同して、コースの最後の締めに、「ミニ出汁茶漬け」を選べるようにしたこところ、お客様からえらく好評をいただき、口コミで広がってお客様が増えました。

「フレンチのコースの最後に、ちょっとした和食を食べると落ち着く」というのは、多くのお客様が自分でも気付いていない深層心理に横たわっている潜在ニーズであり、これをフレンチのコースに新しい視点として、「ミニ出汁茶漬け」という形で提示を受けて初めて、「そうそう、これが欲しかったのよ!」と気付いたことを示しています。

そして、お客様が喜んで口コミで広がった結果、お客様の数が増えたのであれば、お客様の行動を変容させた結果に結びついているので、この潜在ニーズを刺激したことは、消費者インサイトを突いたことになります。

一方、また別のサービス・スタッフがお客様の観察の結果、「お客様は、ジビエの本場のフランスから直輸入された兎の肉を召し上がりたいと思ってらっしゃるのではないか」と気付いたとします。

そして、この気付きをシェフに話してみたところ、「フランス産の兎肉をいい状態のまま仕入れるのはコスト的に難しいが、お客様のためにコストは度外視して頑張ってみよう。」と同意を得ることができ、フランス産の兎肉の提供を開始しました。
ところがお客様からは特にこれといった反応もなく、ビジネス的には何らプラスにはなりませんでした。

この場合には、サービス・スタッフは確かにお客様の潜在ニーズを捉えたかもしれませんが、それがお客様の満足に結びつくことはなく、単に潜在ニーズの1つに気付いただけで、何らお客様の行動の変容をもたらしているものではありません。
したがって、この場合には、「お客様のインサイトを捉えた」という表現にはならないわけです。

このように、潜在ニーズの発見そのものが、インサイトを捉えたというわけではなく、その潜在ニーズの発見によって最終的に、消費者の行動変容をもたらせて初めてインサイトを捉えたということができるわけなのです。

ニーズとウォンツについては、下記の記事を参考にされてください。

消費者インサイトの必要性

消費者インサイトの必要性戦後日本経済が復興して経済的に豊かになると、民間では、「三種の神器」と呼ばれる家電製品が憧れの的となりました。
「三種の神器」とは、冷蔵庫、電気洗濯機、白黒テレビの3つの家電製品を指します。

そして高度経済成長期と呼ばれる1960年代には、カラーテレビ、クーラー、自家用車の「新・三種の神器」が庶民の憧れの的となりました。
これらは神器になぞらえられたように、生活者の目の前に存在する明らかな問題を解決してくれるものでした。

科学技術が発達して新しい技術開発がどんどん行われ、誰もが気付いている目の前の大きな問題はどんどん新しい製品やサービスによって解決され、また、人々の所得の増加によってそういった新しいコンセプトの商品に対する需要に欠くことはありませんでした。

コンセプトについては、下記の記事を参考にされてください。

企業は、目の前のわかりやすい問題を解決するために新しい技術を使って製品を開発し、あとは人々の手元に届くように流通網を整備し、低コストで提供できるようにオペレーションの改善に勤しめばよかったわけです。
ジャパン・アズ・ナンバーワンとエズラ・ヴォ―ゲルが称賛したのは、まさに日本の素晴らしいオペレーション力であったわけです。

このようにして、目の前の問題はどんどん解決されていき、そのおかげで2020年代を生きる我々は、日々生活を送る上で不便を感じたりすることはほとんどなくなっています。

先進国のほとんどが、いわゆる成熟化の時代に突入して久しく、特に日本の市場はすべてのカテゴリーで高品質でリーズナブルな商品がどこへ行っても手に入るという超成熟化市場を持つ世界的にも特異な国になっています。

このような超成熟化市場においては、生活者は、特に問題を感じないままで日常を送れて、非常に快適に暮らしやすいわけですが、モノを作るメーカーの立場からすると、非常に難しい社会になっているわけです。

超成熟化市場においては高いレベルで競争が行われていますから、新しい機能を製品に付加しても、すぐに競合ブランドに模倣されてしまって、コモディティ化するまでの期間が極端に短くなっています。
そして、その新しい機能が生活者の何らかのベネフィットに結びついているかといえばそうでもないことが多く、意味のない際限ない競争を繰り返していることになります。

多くの目に見える問題を解決してほしいというニーズ(顕在ニーズ)は、ほぼ解決され尽くしている現代においては、生活者の多くが自分では気付いていないけれども、提案されてみたら、「そうそう、それが欲しかったのよ。」というような商品やサービスの開発が求められているのであり、そういったイノベーティブな商品やサービスを開発する起点となるのが、消費者インサイトなのです。

また、既存の商品やサービスであっても、見る視点を変えることで全く別の価値を提供することも可能になります。

昨今では、意味のイノベーションと呼ばれるものですが、これが潜在ニーズを基礎としない視点の転換による新しい価値の提供であり、インサイトのもう一つの意味になるものです。

以上のように、あらゆるカテゴリーで超成熟化が進んだ日本の市場においては、消費者自身が気付いていない感情や欲求を刺激できる価値を持つ商品の提案ができたり、既存の商品であっても従前とは別の視点で切り取った新しい価値の提案を行うためにも、消費者インサイトという考え方はとても重要なわけなのです。

消費者インサイトの種類

消費者インサイトの種類消費者インサイトは、いくつかの切り口よって分けることが可能です。

ヒューマン・インサイトとカテゴリー・インサイト

ヒューマン・インサイトとは、すべての人、あるいはある世代、ターゲットの人たちが共通して持っている関心・気持ち・感情をいい、カテゴリー・インサイトとは生活者が特定の製品カテゴリーに抱いている気持ちや欲求、あるいは特定のブランドに対する知覚でそのブランドを購入する動機になっている深層心理、もしくは購入を阻害する心理的バリアをいいます。

たとえば、若い女性は、センスがいいと言われたい、自分をエレガントに見せたい、さりげなく目立ちたい、オシャレして外出するのが楽しい、カレに褒められたい、上手に買い物をしたい、可愛いとほめられたい等々の感情や欲求を、自分が気付いている、気付いていないに関わらず持ちながら日々生活をしていますが、こういった気持ちや感情は何らかの特定のカテゴリーの商品やサービスに向いているわけではありません。

こういった類のインサイトをヒューマン・インサイトと呼びます。
ライフスタイル・インサイトと呼ばれることもありますが、ヒューマン・インサイトと同義です。

これに対して、たとえば、シャンプーという特定のカテゴリーの商品に対して、若い女性は、ナチュラルなモノが安心、シャンプーは効果がすぐわかる、肌や髪に優しいモノがいい、いろいろと効果を比べたい、私の髪に合うか不安、セットしやすいものがいい、ボトルはお洒落なほうがいい等々の感情や欲求を抱いています。

このように、特定のカテゴリーの商品やサービスに対して抱く気持ちや感情を、カテゴリー・インサイトと呼びます。

カテゴリー・インサイトは、そのカテゴリー内の商品やサービスに限定された消費者インサイトになりますので、検討する視野が狭くなりますので、これまでにない新たな視点を持つイノベーションの開発には不向きであり、既存商品・サービスの改良などのオペレーションの改善向きのインサイトといえると思います。

一方、ヒューマン・インサイトは、特定のカテゴリーの商品やサービスからは離れて、広く世の中に存在しているターゲットの気持ちや感情を探しに行くことになりますので、新しい視点を持つイノベーティブな商品の開発に向いていると言われています。

また、カテゴリー・インサイトはある特定の商品・サービスに関して消費者が抱くものですが、ヒューマン・インサイトは何らかのカテゴリーの商品・サービスに対して全く関係がないわけではなく、カテゴリー・インサイトの影響を与えるという関係にあるので、間接的に特定のカテゴリーの商品・サービスと関係を持つことになります。

たとえば、先ほどのシャンプーの例でいえば、「可愛いと褒められたい」というヒューマン・インサイトが、「私の髪に合うかどうか不安」というカテゴリー・インサイトを生じさせている1つの原因として作用することは、ご理解いただけるでしょう。

ポジティブ・インサイトとネガティブ・インサイト

ポジティブ・インサイトとは、字のごとく、前向きな気持ちを表すインサイトであり、反対に、ネガティブ・インサイトとは、不満や不安な気持ちを表すインサイトをいいます。

ビジネスでどちらの消費者インサイトが大事かといえば、不満や不安な気持ちを表すネガティブ・インサイトです。

なぜならば、ネガティブなインサイトが心理的なバリアになって、人々の行動を阻害していることが世の中にはとても多いので、この心理的バリアを形成しているネガティブなインサイトに働きかけて、心理的バリアを取り除くことができたならば、ビジネスは大きく前進する可能性を秘めているからです。

たとえば、ハーゲンダッツが日本に上陸し、プレミアム・アイスクリームを持ち込んだのが1984年。
その後1990年にグロッサリー・マーケットに参入しましたが、その時の課題は、日本にプレミアム・アイスクリーム市場を作ることでした。

当時、市販されているアイスクリームは高くて100円程度のものであり、日本人の多くがアイスクリームに対して抱いていたカテゴリー・インサイトは、「アイスクリームは、子供の食べ物」というネガティブなインサイトでした。

そのような中で、ハーゲンダッツ・ジャパンは、このネガティブなインサイトをひっくり返すことを考えて、外国人の美男美女が人込みから離れてこっそりとハーゲンダッツを食べる官能的なシーンを描いたブランド広告としてのテレビCMを展開し、「大人が口と心で味わう究極の味」という価値提案を訴求し続けました。

ハーゲンダッツというブランドそのものを、大人のアイスクリームであると記憶に刷り込むことが狙いだったわけです。

結果、ハーゲンダッツは大人のアイスクリームとしての認知を獲得し、250円(200ml)いうプレミアム・アイスクリームの市場を切り開いたのでした。

この例が示すように、人々の行動を阻害しているネガティブなインサイトを見つけ出して、それをひっくり返すアイデアを考えることで、ビジネスが大きく飛躍することがあるのです。

エンジェル・インサイトとデビル・インサイト

エンジェル・インサイトとは、堂々と口にできる「正しさ」を表すインサイトをいい、建前として出てきやすいものの、嘘偽りのないホンネではないことが多く、表層的なインサイトになりがちです。

これに対して、デビル・インサイトとは、人前で口にすることが憚られ、口にしたら周囲から怪訝な顔をされたり軽蔑されたりするような「邪悪な心」を表すインサイトをいいます。

このインサイトは、嘘偽りなどない人間の欲望に根差した根源的なインサイトであり、なかなか表に出てこないものなので、捉えることが難しい反面、捉えることができると、ビジネスを大きく前進させることにもつながるものです。

例えば、介護用品を作って販売している企業があるとしましょう。
中小企業でありながら、全国のデパート等にも売り場を確保しています。

この企業が消費者インサイトについてのいくつかの仮説を考えようと、エンジェル・インサイトとデビル・インサイトに分けて考えています。

エンジェル・インサイトとして出てきたものは、「私を大切に育ててくれた父を介護するのは子供として当然のこと」であり、反対にデビル・インサイトとして出てきたものが、「子供が巣立ってこれから自分の時間を楽しもうと思っていた矢先に介護をしなくちゃならないなんて」であったとしましょう。

この介護用品を展開する企業は、どちらの消費者インサイトをビジネスに持ち込むべきでしょうか。
非常に悩ましい問題ですが、どのように考えるべきでしょうか。

人間は常に首尾一貫した立場をとる合理的な存在などではなく、環境や文脈によって立場を変えうる実に非合理的な存在なのであり、エンジェル・インサイトばかりでできている人間はいませんし、デビル・インサイトだらけの人間というものも存在しません。

そして、人間の多くはエンジェル・インサイトとデビル・インサイトの間というアンビバレントな状況の中で売れ動くものであるという理解が適切であると思うわけです。
したがって、ビジネスに使えるキーとなるインサイトは、エンジェル・インサイトとデビル・インサイトの間の葛藤の中にこそ存在することが多いのだと思います。

さて、あなたならこの事業をスケールさせるために、どんな消費者インサイトを捕まえて、どのようなコミュニケーションを行うでしょうか?

消費者インサイトを捉えた事例

消費者インサイトを捉えた事例以下で消費者インサイトを捉えた事例を2つご紹介します。
前者は消費者の深層心理に横たわる感情を刺激するという類のものであり、後者がが今までにない新しい視点の提示によって、消費者の行動変容を促すこと類のものです。

Got milkキャンペーン

got milk?キャンペーンの広告1978年以降、アメリカのカリフォルニア州の牛乳消費量は、減少の一途をたどっていました。

この事態を危惧したカリフォルニア牛乳協会は、人々が牛乳を飲まなくなった人の理由を調査したところ、「牛乳は脂肪分が多くて健康に悪い」、「牛乳なんて子供の飲み物」といった牛乳に対するネガティブなイメージを持っていることが原因らしいということがわかりました。

そこで、人々の牛乳のネガティブなイメージを払拭するべく、1990年に、“Milk Does a Body Good”(牛乳は身体にいいんです。)という、牛乳の販促キャンペーンを実施しました。

消費者の「健康になりたい」というニーズを刺激するために、「牛乳には豊富なカルシウムがたくさん含まれている」、「牛乳は栄養満点の飲料だ」、「牛乳は健康だけではなく美容にも最適だ」という内容のプロモーション活動を行いました。

その結果、9394%の人が牛乳は栄養価が高いと認知し、90%の人が牛乳はカルシウムが含まれていることを知り、その中の多数が牛乳のカルシウムで骨粗鬆症を予防できるということを理解したことが、プロモーション後の調査で判明しました。

ところが、予想に反して牛乳の消費量は増えることはありませんでした。
つまり、「牛乳は身体に良い」ということを頭では理解しても、「牛乳を買って飲む」という習慣を定着させることは出来なかったのです。

このキャンペーンの反省としては、以下のようなことが考えられました。

牛乳に対して何を感じているかのインタビュー調査では、生活者の深層心理に潜むホンネが聞き出せなかったこと。

「牛乳はカルシウムが多くて身体にいい飲み物だ。」という回答はタテマエであり、嘘偽りのないホンネを表すものではなく、また、「牛乳は子供の飲み物だよね。」という回答は、タテマエではなく嘘偽りのないホンネだろうけれども、自分で言語化していることから深層心理に横たわるようなホンネではなく、極めて浅いところにあるホンネなので、ビジネスに活用できるレベルのものではないだろうということ。

そして、このキャンペーンの結果を反省したカリフォルニア牛乳協会は、1993年に“Got Milk?”(牛乳はある?)キャンペーンを開始しました。

アンケート調査を実施しても人々のホンネを聞き出すことは不可能だと感じた牛乳協会は、キャンペーンの企画を考えるために、牛乳愛好家の人たちにお願いをして、行動観察を開始しました。
彼らのおうちに上がり込んで、一定期間彼らの日常生活を観察させてもらうことにしたのです。

そして、ある観察者が面白い事象に出くわしました。
ある観察対象者が、テレビを見ながらクッキーを頬張っている時に、おもむろに冷蔵庫に駆け寄って牛乳を一気に飲み干したのです。

このたった1つの観察事例に注目した牛乳協会は、ここからインサイト仮説を導きました。
それは、「口の中がボソボソした時に牛乳は外せない」というものでした。

その後の定量調査を経て、最終的にこの消費者インサイトを中心にプロモーションが設計しなおされました。
スーパーなどでも、チョコレートやクッキー、シリアルといった牛乳と一緒に食べたいと感じる人が多い売り場に「Got milk?(ミルクはある?)」というポップを設置することも行いました。

その結果、1993年に7.40億ガロンだった牛乳の消費量が、プロモーションを展開した1994年には7.55億ガロンへと約2%増加したのです。
また、牛乳加工業者の売上金額ベースでは1億ドル増の約5.3%の増加がもたらされたそうです。
1993年に開始されたこのキャンペーンは、その後2014年まで続くことになります。

1990年に行った“Milk Does a Body Good”(牛乳は身体にいいんです。)キャンペーンは、牛乳の消費量を増やせなかったのに、1993年に開始された“Got Milk?”(牛乳はある?)キャンペーンは、牛乳の消費量を増やすことができました。
この2つのキャンペーンの成否を分けたものはいったい何だったのでしょうか。

それは、訴求方法に大きな違いがあったことが大きな原因だったのだろうと私は考えています。

1990年に始まった“Milk Does a Body Good”(牛乳は身体にいいんです。)キャンペーンは、人間の理性に訴えかける論理による説得であり、1993年に開始された“Got Milk?”(牛乳はある?)キャンペーンは、人間の気持ちに訴えかける感情への訴求であるという、そもそものコミュニケーション方法の相違が、キャンペーンの結果に大きな差異をもたらせたのだと考えています。

「牛乳は、ビタミンDが豊富で、カルシウムもたっぷり。皆さんが思っているほど脂肪分も多くありません。将来の骨粗鬆症リスクも軽減してくれます。健康のために牛乳を飲みましょう。」と、人間の理性に訴えかけるコミュニケーションでは人々の行動変容(牛乳を飲む)には至りませんでした。

ところが、「口の中がボソボソする時に、牛乳は外せないよね!」と感情に訴えかける方法をとった後者のキャンペーンは、人々の行動変容を導くことに成功しています。

これはつまり、人間は理性による説得よりも、感情に訴求されたほうが行動を変えやすいということを示しているのです。
もちろん、感情に訴求する方法は、訴求するツボを間違えると役には立たないですが。

理性をつかさどるのは比較的新しい脳の部位である大脳新皮質であり、感情をつかさどるのは、人間がサルの時代から使い倒してきた大脳辺縁系です。
ヒトに進化してから発達した大脳新皮質はまだまだ使いこなせていなくて、サルの時代から使い倒してきな大脳辺縁系を使うことには慣れていることなのでしょう。

この事例は、深層心理に潜む嘘偽りのない感情を刺激する消費者インサイトは、論理による説得よりも効果があるのだということを教えてくれます。

Proud Sponsor-of-Moms(P&G)

グローバルに事業を展開しているP&Gは、2012年のロンドン・オリンピックより「お母さんの公式スポンサー」としてキャンペーンを展開しています。
皆さんもご存じの通り、P&Gはオリンピックの公式スポンサーを継続して務めていますが、2012年のロンドン・オリンピックからは、「お母さんの公式スポンサー」も自称しています。

以下は、Youtubeにアップされているキャンペーン動画です。

視ていただければわかりますが、世界中のお母さんが、朝のまだ暗いうちから起きだして、子供を起こし、朝食の準備をして、学校へと送り出し、放課後はクラブで頑張る子供たちを見守ってくれています。
どんなに火事が忙しくても、できるだけ子供に寄り添いその成長を見守ってくれています。

そして、オリンピック選手になった子供たちが、競技会場でお母さんに手を振ります。
この瞬間に思わず涙してしまう人も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

さて、このキャンペーンが捉えている消費者インサイトは何でしょうか。

それは、まず「オリンピック選手は、世界で一番大変な仕事かもしれない。」というものです。
子供たちが小さい頃から朝早くから夜まで競技の練習に明け暮れて、その中のごく一握りの選手だけがオリンピックの檜舞台に上がることを許されることが動画では描かれており、オリンピック選手になることの大変さが伝わってきます。
オリンピック選手も1つの仕事なんだという新しい視点をもたらしてくれています。

そして、この動画が捉えているもう1つの消費者インサイトは、「世界で一番大変な仕事は、お母さんかもしれない。」というものです。

このキャンペーンは、オリンピック選手に対するインサイト=「オリンピック選手って、世界で一番大変な仕事かもしれない」ということを、P&Gの直接的な顧客である「母親」と結びつけることで、「世界で一番大変な仕事は、オリンピック選手のお母さんだ」という新しい視点を得て、企画されたものです。

そして、この動画は、「P&Gは、オリンピックの公式スポンサーであるとともに、お母さんの公式スポンサーです」というメッセージを発信しています。

「世界で一番大変な仕事は、オリンピック選手のお母さんだ」という新しい視点を提示された世の中の生活者は、「今まで気づかなかったけれども、確かに世界で一番大変な仕事は、お母さんという仕事なのかもしれない。」と共感して、自分の母親や世の中の多くの母親に対してそういう視点で見て接することになるでしょう。

そして、世の中のお母さんを応援するブランドとしてのP&Gに関する良い記憶が、このブランド広告によって形成され、リテール(小売店)における優位な状況を作り出すことに成功しているわけです。

この動画が捉えているインサイトは、消費者の深層心理に潜むニーズを基礎としたインサイトではなく、今までにない新しい視点の提示を受けて、ハッとして行動変容させるという類のインサイトです。
この事例のように、新しい視点を提示して行動変容を促すものも消費者インサイトと呼ぶわけなのです。

消費者インサイトを捉える方法

消費者インサイトを捉える方法インサイトを捉える方法として様々な方法が提示されていますが、私が最も有効だと考えている方法を簡単に説明することにします。

それは、1人の生活者を徹底的に観察し、その行動や言動に現れる現象から、深層心理の潜む消費者インサイトの仮説をいくつも出して、その中からビジネスに使えそうなものを最終的に定量調査にかけて、選び出すという手法です。

先ほどの事例紹介でも取り上げたGot Milk?キャンペーンでも採用された方法で、観察対象者の日常を観察することで、そこで目にする特異な行動に目を向けて、その行動の奥に潜む深層心理を解き明かして、インサイト仮説を出すものです。

この事例では、テレビを見ながらクッキーを食べていた観察対象者が、おもむろに冷蔵庫に駆け寄って、牛乳を一気飲みしたという行動に焦点を当て、その行動の背後にある無意識の世界を考え抜くということをして、最終的に、「口の中がボソボソする時には牛乳だよね。」というインサイト仮説を導き出しました。

最近のマーケティングでは、n=1のマーケティングという言い方をしますが、一人の生活者を人間として徹底的に見に行って、その行動の背後にある深層心理に迫り、インサイト仮説を導き出すということを繰り返して、n=1のサンプルをできるだけ多く集めるという作業を行います。

そしてその中から、自社のビジネスに使えそうなインサイトを定量調査にかけて、絞り込むといった感じです。

そもそも、ヒトは自分の深層心理に潜んでいる気持ちや欲望などを言葉で表現することなどできないものです。
また、言葉で表現できたホンネなどというものは、言葉にできるくらいなのですから、非常に浅いところにあるものであって、人を動かすほどの力を持たないものであることが多いのです。

つまり、アンケート調査やグループインタビューやデプス・インタビューなどの調査方法などを実施して、インサイトを把握しようとしても、そもそもそれは無理な話なのです。

したがって、インサイト仮説の洗い出しは、ターゲット顧客の行動観察によることでしか、できないだろうと私は考えています。

事業再生における消費者インサイト

事業再生における消費者インサイト事業再生のフェーズに落ち込んでしまって、売上が毎年どんどん落ちている企業に多く見られる現象が、顧客の高齢化と若者世代の新規顧客の取り込みがうまくいっていないというダブルパンチに見舞われていることです。

昔から御贔屓にしてくださっている顧客が高齢化すると、死亡によって既存顧客が減ること以外に、高齢化に伴う消費意欲の減退も売上減少の大きな原因となります。

一方で若者世代の新規顧客が取り込めていないということは、若い世代の持つニーズに、自社の提供する商品やサービスの提供価値(コンセプト)が合っていないということなので、これら若い世代の消費者インサイトを捉えて、そのインサイトを起点にビジネスを再構築する必要があるのです。

ところが、事業再生のフェーズに落ち込んでいる会社の多くの経営者は、若者の気質が昔とは全く変わったとお嘆きになるだけで、そのニーズと提供価値とのズレにまで思考が及ばないわけです。

取り込みたいターゲット顧客の消費者インサイトを考え抜くことが、新しい商品コンセプトを企画する第1歩になり、自社の事業構造の変革を図るきっかけになりますので、消費者インサイトを使いこなせるようになることが、再生のフェーズから脱出するためには必須になるのです。

事業再生の専門家に相談する際には、インサイト・マーケティングを実施できる専門家であることのほうが好ましく、そうであれば、御社の再生の確率がぐんと上がることは間違いないでしょう。

中小企業が事業再生を成功させるポイントについては、下記の記事を参考にされてください。

破綻懸念先のランクアップ方法については、下記の記事を参考にされてください。

事業再生を相談するべき専門家の選び方については、下記の記事を参考にされてください。