ペルソナの設定を、ターゲティングを実施した後で行う必要があるらしいのだけれども、一度絞り込んだ顧客をさらに絞り込むだなんて、本当に必要なのだろうか。
ターゲティングで対象顧客を絞り込むだけでも相当抵抗があるのに、さらにその中に1人にフォーカスしてペルソナを作る必要なんてあるのかな。
このようなお悩みをお持ちの、学びと実践を大切にする経営者の方はとても多いように思われます。
この記事を読むことで、マーケティング戦略を考える際に、ペルソナを設定する重要性が理解でき、ビジネスに役立つマーケティング戦略を立案できる可能性が高まります。
本記事は中堅・中小企業の事業再生に取り組んで20年以上、200社超の再生案件に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生へと導いてきた、企業再生のプロフェッショナルである公認会計士が書きました。
ペルソナとは何か?
ペルソナとは、企業が提供する製品・サービスにとって、もっとも重要で象徴的な典型的ユーザーモデルのことをいいます。
ここで、「もっとも重要」とは、「自社ブランドに対して共感してくれて、長期的なファンになってくれる」という意味です。
ペルソナはもともとラテン語の「persona」に起源をもつ言葉で、古典劇で役者が使用する仮面のことを指していました。
そこから派生して、心理学者のユングが「人間の外的側面」をペルソナと呼ぶようになり、現在マーケティングで広く使われるような意味を持つようになりました。
マーケティングにおいてペルソナを設定する場合には、ターゲットを掘り下げる形で、自社ブランドの象徴的なユーザーを、氏名・年齢・性別・住んでいる地域・家族構成などの基本項目から、職業・役職・年収などの労働環境や条件、趣味・価値観・ライフスタイルなどのプライベートな部分に至るまで詳細に書き出して、あたかも実在する人物のように設定することで、マーケティング戦略の基本戦略や具体策を策定しやすくなります。
ターゲットとペルソナの違い
マーケティング機能を持つ多くの会社では、マーケティングの基本戦略としてSTP分析を行って、細分化した市場の中で特定のセグメントをターゲットとして選択し、経営資源を集中的に投下していることと思いますが、そのターゲットの具体的なターゲット像が描けているかと言われると、まず描けていないのが通常であろうと思います。
たとえば、「何事にでも積極的に取り組むアクティブなキャリア女性」をターゲット層として選択しているアパレルの会社があるとしましょう。
この会社のマーケティング・チームに属するスタッフの各々が描くターゲット像は等しく同じであるかと言えば、絶対そのようなことはなく、各々が頭の中に描くターゲット像は必ずしも一様ではないことが普通でしょう。
「アクティブ」という言葉はいかようにも解釈ができるので、あるスタッフは「休日には社外の人達と登山などのアウトドアを楽しむ」と捉えるかもしれませんし、あるスタッフは「自己啓発の習い事を掛け持ちしている」と捉えるかもしれません。
また、「キャリア女性」という言葉を、「大手商社の総合職」と捉えることも、「財務省に勤務するキャリア」と捉えることも可能です。
このように、ターゲット層を記述する言葉の解釈の幅は通常大きくなってしまうものであることから、具体的なターゲット像については関係者の間ではバラバラになってしまって整合性が取れないことが普通なのです。
このような状況を回避して、関係者間でターゲット像を明確にして共有することを可能とするために、ペルソナを策定する必要があるのです。
セグメンテーションについては、下記の記事を参考にされてください。
セグメンテーションは大事であるとよく耳にするけれども、そもそも対象市場をわざわざ小さな市場へと細分化する必要性などあるのだろうか?また、具体的にセグメンテーションする方法も、そのポイントとともに教えてほしい。経営者のこんな悩みに答えます。
ターゲティングについては、下記の記事を参考にされてください。
ターゲティングで対象顧客を絞り込めって話なのだけれども、絞り込んだらお客さんの数が減ってしまって、売上につながらないと思うんだけど。なぜ、ターゲティングしなければならないのかを教えてほしい。こんな経営者のお悩みに回答します。
消費者インサイトについては、下記の記事を参考にされてください。
ペルソナ設定の重要性
商品開発、マーケティングには、世代も性別も違う様々な人間が関わります。
また、個人が製品に対して考えているイメージや視点も全く同じとは限りません。
関係者の認識が共通でないままマーケティング活動を進めてしまうと、それぞれの思う人物像にバラツキが出てしまい、ターゲット像が曖昧になってしまいます。
ターゲット像が上手く定まっていない状態では、効果的なマーケティング活動が難しくなります。
また、関係者の幅広い意見を1つの製品に取り入れようとして、結果的にユーザーニーズを満たす製品ができ上がらない可能性も出てきます。
そこで必要なのが、人物像への理解を深めるために「ペルソナ」を作成することです。
具体的なユーザー像を設定することで、関係者間の認識を統一することができ、自社がとるべき戦略が明確になります。
ペルソナ設定のメリット
セグメンテーション実施後に、特定セグメントをターゲットに選定した上で、さらにペルソナを設定することのメリットには下記のようなものがあります。
①ユーザーのニーズをより深く理解することができる
ペルソナを設定することで、自社ブランドが取り込みたい典型的なユーザー像を徹底的に分析することによって、ユーザーのニーズを深く理解することができ、どのようなアプローチをとれば、ユーザー・インサイトを刺激することができるのかを把握することができます。
つまり、特定セグメントをターゲットとしただけでは、ぼんやりとしか描けなかったユーザー層が、ペルソナを策定することによって、より具体的な解像度の高い人物像へと変化し、彼らに、いつ、どのように彼らにアプローチして、何を伝えるべきなのかを明確にすることができます。
②ターゲットとなる顧客像を組織内で共有できる
社内外の関係者は、年齢、学歴、出身地、家族構成、信条等々、そのバックグラウンドが同じ者は1人としておらず、モノの見方や価値観はバラバラであるはずです。また、扱っている商品やサービスに対する見方も異なり、価値の感じ方も異なるはずです。
このような状況の中で、特定のセグメントをターゲットとして選んでも、そのターゲットの人物像は千差万別であることが普通ですが、関係者間でターゲットの人物像の認識がズレてしまっていると、マーケティング戦略を策定したとしても、戦略の解釈の仕方にズレが生じる可能性は非常に高くなって、各々が担当する仕事の流れに整合性が保てなくなる結果、生活者の感じるブランドのポジショニングにブレが出てしまうことにもなりかねません。
また、頭の中に描くターゲット像が異なることから、意見の食い違いから戦略が決まらなかったり、無駄な作業が発生したりして、スケジュールの遅れなどの不必要なトラブルが発生しやすくなります。
しかし、ペルソナを設定してターゲット像を共有することで、一貫したブランディングを遂行したり、不必要なトラブルを回避することができ、時間を無為に費やすこともなくなります。
特に、社外のパートナー企業などと協力しながらビジネスを進めていく場合には、ペルソナの設定は必須と言っていいでしょう。
③ポジショニング及びコンセプトが適切に決めやすい
特定セグメントにターゲティングした後にペルソナを設定することで、続くポジショニングの決定やコンセプトの開発が適切に進めやすくなります。
特定のセグメントをターゲットとしただけでは、それは特定の属性や嗜好、習慣を持つ生活者の塊(集団)に過ぎないわけなので、どういった具体的なニーズを持っているか、日々どのような問題で困っているのか、どのようなインサイトに突き動かされて購買行動に突き動かされるのかなどの検討が非常に実施しにくいままなのです。
そこで、特定のセグメントに含まれる生活者の集団の中からブランドを代表する特徴的な個人を抜き出して、そのペルソナを詳細に検討することで、次に続くポジショニングの決定や、コンセプトの決定がスムーズに進み、自社ブランドの提供する商品やサービスの提供価値を伝えやすくなるのです。
ニーズとウォンツについては、下記の記事を参考にされてください。
ニーズとウォンツという2つの言葉がマーケティングにはあるけれど、どんな違いがあるのか理解できていない。すごく基本的なことだろうけれども、ビジネスで使いこなせるようにわかりやすく教えてほしい。理論と実践を尊ぶ経営者のこんな悩みに回答します。
コンセプトについては、下記の記事を参考にされてください。
コンセプトってビジネスの現場でよく耳にするし、自分もよく遣っている言葉だけれども、その意味ってちゃんと理解できてないな。マーケティング研究者や実務家でもコンセプトという言葉の定義は違うようだから、誰か明快にこの言葉の意味を教えてほしい。
ペルソナ設定の具体的な手順
では、ペルソナを設定する際の具体的な手順を見ていきましょう。
自社サイトの分析
Googleが無償で提供している分析ツールであるGoogle Analyticsを活用して、自社サイトに訪れたユーザーの情報(アクセス地域・求めている情報・行動情報)の分析を行うことはとても重要です。
Google Analyticsを使ったユーザーの分析を行うことで、ユーザーが自社のどのような商品やサービスに興味を持ってくれているのかが明確になります。
反対に、ユーザーが興味・関心を示さない商品・サービスの分析も同時に行えるので、分析前には見えていなかった自社の強み・弱みが可視化されて対策を講じやすくなります。
インタビューやアンケート分析
特定のセグメントをにターゲティングを行ったら、そのセグメントに属する生活者へのインタビューやアンケート調査を実施し、先程書いたペルソナの設定項目に関しての情報を収集します。
また、BtoCでなく、BtoBの場合ならば、顧客にインタビューを実施することと並行して、担当の営業マンからの情報収集も欠かせないでしょう。
さらに、すでに公開されているようなアンケート調査の結果や分析結果があるならば、そういった情報も参考にすることも情報収集には欠かせません。その場合には、調査実施日の確認や、そのデータの信頼性については検討するべきです。
既存データの活用
もしも自社内にユーザー層の声が反映されたデータや調査結果がすでにある場合、それはペルソナ設計において非常に有効ですので活用することを考えましょう。
もし社内にデータがない場合でも、すでに公開されているようなアンケート調査の結果や分析結果があるならば、そういった情報も参考にすることも情報収集には欠かせません。
その場合には、調査実施日の確認や、そのデータの信頼性については検討するべきです。
関係省庁が発表しているデータなどが見つかれば、データの信頼性としても妥当といえるでしょう。
ソーシャル・リスニング
また、商材にもよりますが、ツイッターなどホンネが出やすいSNSから実際の消費者の声を拾うことも情報収集の1つの方法です。
自社名はもちろん競合のサービス名などで検索してみると、ターゲット層のホンネに近い情報を集めることができます。
「〇〇はを買って使ってみたら、とても良かった」という意見から、「△△は~~で使いにくかった」、「XXは〇〇に比べると高い気がする」など、否定的な意見にも事欠かないので、ユーザーのホンネに注目しながら見てみましょう。
ペルソナの設定項目
次に、ペルソナを設定する項目を見ていきましょう。
属性
属性とは、氏名、性別、年齢、家族構成、居住地、住居形態、学歴、職業、役職、年収、資格などのペルソナに備わっている特徴をいいます。
属性はペルソナに関する客観的事実ですが、こういった事実がペルソナの心理に影響を与え、以下で列挙するパーソナリティやライフスタイル、周囲との関係性やブランドとの関係性などに大きな影響を与えることになります。
これら基本的な属性は、以下の項目と強い因果の連鎖でつながっていることを意識しておきましょう。
パーソナリティ
パーソナリティとは、個性、性格、価値観、こだわり、誇り、自負、不安、不満などのペルソナに持つ人格をいいます。
そして、個性、性格、価値観、さらには不安や不満に代表されるネガティブな感情は、ペルソナの置かれた環境(上記の属性)に大きな影響を受けています。
なぜそういった価値観を持つに至ったのか、なぜそのようなネガティブな感情を持っているのかということと、客観的事実としての属性との間の因果関係の強さは確認するようにしましょう。
ライフスタイル
ライフスタイルとは、ファッション、食、住、働き方、遊び、休息&癒し、学び、子育て&教育、健康などに関してペルソナが持つ志向をいいます。
どういったライフスタイルを好み、どういった食に関心を持ち、働き方や遊びや遊びに対する哲学、休息の取り方、癒しの方法、子育てや教育に関する方針、健康への配慮の程度なども、上記の属性やパーソナリティと強い因果のロジックでつながっていますので、整合性を必ず確認するようにしましょう。
周囲との関係性
周囲との関係性とは、コミュニティ、メディア・情報源、情報感度、デジタルリテラシー、ソーシャルメディア、好きな著名人等、ペルソナが日常的に接して情報を取得している媒体を意味します。
ペルソナがどういったコミュニティに属し、どういったメディアに接触し情報を収集しているのか、情報感度は高いのか、愛用にソーシャルメディアは何でどんな頻度で何を発信し、どんな情報を得ているのか、デジタルに関するリテラシーは高いのかどうか、傾倒している著名人は誰なのかということも、上記の属性やパーソナリティと強い因果のロジックでつながっており、また、ライフスタイルに影響を与えています。
ブランドとの関係性
ブランドの関係性とは、カテゴリーに対する態度、競合ブランドに対する態度、自社ブランドに対する態度をいいます。
自社のブランドに対する態度、競合ブランドに対する態度を比較して、ペルソナにとってのブランド間の強みと弱みを洗い出すことはとても重要になります。
また、そもそも自社ブランドが属するカテゴリー自体に対する態度はどうなのかということは、そのカテゴリーに属するブランド間の対比を行う上では事前情報として必須になります。
ペルソナ・ヒストリー
ペルソナ・ヒストリーとは、ペルソナのこれまで生きてきた中での人生体験をいいます。
ペルソナに関する客観的な事実として、先に説明した属性がありますが、これらはペルソナの心理に大きな影響を与えるものであることは、すでに書いた通りです。
ここで列挙した基本的な属性は「現在」時点の事実であって、「現在」以前の事実については何も取り上げていませんでした。
しかしながら、ペルソナの心理に影響を与えているものは、何も「現在」時点の事実だけではなく、過去に起こった事実も、当然にペルソナの心理に影響を与えているはずです。
ペルソナがこれまでに生きてきた人生の中での経験が、現在のペルソナの人となりを形作っているのですから、上記の事項に対して大きな影響力を持っています。
したがって、ペルソナの出生以来の歴史に目を向けて、これまでの人生の中でどのような経験をしてきたのかの検討は必須となります。
ペルソナ・ビジョン
ペルソナ・ビジョンとは、ペルソナが誰かに実現したい社会や自分の理想像のことをいいます。
ペルソナがどういった世界観をもっているのか、つまりは、問題の多い現代の世界の中で、どういった問題を解決してどういった素晴らしい世界を実現したいと考えているのか、また、そこに自分はどのように関与したいと思っているのか、そぅいった世界を実現してくれるブランドはどれだと思っているのか等々を考えることは、自社ブランドとの関わりを持つべきペルソナ像を可視化してくれることになります。
ペルソナは単なる自社ブランドの利用者ではなく、自社ブランドに愛着を持ってビジョンを共有してくれる存在であるべきなのですから、ペルソナの描いているビジョンを検討することも必須項目になります。
これらの項目を設定していくと、架空の人物の基本情報からライフスタイル、価値観や行動パターンが見えてきますが、ペルソナ設定項目は上げればきりがないため、ペルソナの利用目的やブランドに応じて取捨選択することになります。
ペルソナ設定時の注意点
以下では、ペルソナを設定する際に注意するべきポイントを見ていきます。
①デモグラフィック情報だけでなくサイコグラフィック情報やビヘイビア情報も考える
ペルソナを設定する場合に、犯しやすいミスとして、年齢、性別、職業、収入、居住地などのデモグラフィック情報だけで行っているのを見かけますが、デモグラフィック情報だけでは、ペルソナの価値観などの心理的な状況、行動特性などが理解できませんので、より具体的な顧客像を洗い出すために、サイコグラフィック情報やビヘイビア情報の分析も行う必要があります。
サイコグラフィック情報やビヘイビア情報の取得には、グループインタビューやアンケートなどを実施する必要もあるので、コストをかけることも必要になることもあります。
サイコグラフィック情報やビヘイビア情報については、下記の記事を参考にされてください。
セグメンテーションは大事であるとよく耳にするけれども、そもそも対象市場をわざわざ小さな市場へと細分化する必要性などあるのだろうか?また、具体的にセグメンテーションする方法も、そのポイントとともに教えてほしい。経営者のこんな悩みに答えます。
②主観や思い込みを入れない
ペルソナは、基本的に架空の人物像を描くことを念頭に置いています。したがって、ターゲット像はこうであるにちがいないという自分の思い込みを入れてしまって、ブランドにとって都合の良いペルソナを作り上げてしまい、本来の顧客像とかけ離れたものが生まれてしまう可能性が高くなります。
たとえば、「この商品を買う人は休日には仲間と自然の中でBBQを楽しんでいるはずだ!」と、想像だけに頼ってペルソナを定めるのはNGです。
調査から得られた顧客データや口コミサイト、SNSなどの媒体から定量的なデータを集め、それを基に具体的で納得感のあるペルソナを作成するのが、実在するターゲット像に近づくためのは必要なのです。
また、実際に存在する顧客の中の一人にインタビューを繰り返して、直接意見を聞いたうえでペルソナの設定を行うという方法も適切なペルソナ設定の方法としては有効です。
③既存顧客か、新規顧客か?
ペルソナ設定の目的が、既存商品のテコ入れのためなのか、既存商品でもリポジショニングのためのものなのか、または新規商品の為なのか等によって、設定するべきペルソナ像は異なってきます。
単に既存顧客をより深く知るためならば、既存顧客のペルソナを描く必要がありますし、既存商品のリポジショニングを意図しているならば、既存顧客ではなく、まだ一般的ではない購買決定基準(KBF)を持つ別の顧客像を描く必要があります。
また、新商品に関するターゲット像を描くためならば、また別のペルソナが必要になることはご理解頂けるでしょう。
自社の商品やサービスをよく利用している既存顧客にペルソナを寄せてしまうと、潜在的にニーズを持っている新規顧客のターゲット像とズレてしまう可能性は非常に高くなって、マーケティング戦略が有効に機能しない結果となってしまいます。
したがって、漠然と既存顧客だけを対象にしてペルソナを描いていても全く無駄なので、ペルソナを設定する目的は何なのかを今一度考えてから、ペルソナの設定に入っていくようにしましょう。
④一度設定したペルソナのリライト
ペルソナを一度設定してもそれは永久的に使えるものなどではなく、定期的に見直してアップデートしておくことも大切です。
ターゲット層を取り巻く環境が大きく変化している昨今では、一度設定したペルソナはすぐに陳腐化してしまうリスクを抱えているものだという認識は持っておくべきでしょう。
生活者を取り巻く外部環境の変化を受けて、ターゲット層の心理に影響を与えることで、彼らの消費行動も大きく変化するのが通例だからです。
「現在設定しているペルソナと、実際の消費者との間に乖離は生じていないか」という問いは日々持ち続けて、ペルソナの再設定の必要性の有無にはセンシティブになっておくべきでしょう。
ペルソナ・マーケティングの事例
特定のセグメントにターゲティングした後に、その中の特定の一人をペルソナとして描いたうえでマーケティング活動を行うというのがペルソナ・マーケティングですが、そのような架空のターゲット像を詳細に設定して、本当にビジネスがうまく回るのか疑問に思う方も多いことでしょう。
そこで、ペルソナを作った上でマーケティング施策を展開した成功事例をご紹介しておきます。
Soup Stock Tokyo 「秋野つゆ」
三菱商事に在籍していた遠山正道さんが創業したSoup Stock Tokyo。
僕も、近所のお店を定期的に利用させてもらっています。
その事業コンセプトは、「食べるスープ」。
スープは飲むものと相場が決まっていた中で、「食べるスープ」とやってコンセプトを尖らせています。
たくさん野菜などが入っているスープを、ふうふう言いながら食べる姿が自然と思い浮かぶ解像度が高い素晴らしいコンセプトですね。
そのSoup Stock Tokyoを、創業10年で売上高42応援にまで成長させた立役者が「秋野つゆさん」でした。
もしも彼女がいなかったならば、Soup Stock Tokyoの現在はなかったかもしれません。
秋野つゆは、Soup Stock Tokyoが設定した架空のお客さん像、つまりはペルソナなのでした。
彼女をペルソナとしてその人物像を細かに描き上げたことで、Soup Stock Tokyoは急成長を遂げたのです。
その秋野つゆの人物像は以下の通りです。
<基本情報>
- 名前: 秋野つゆ(37歳) 女性
- 都内在住
- 独身か共働きで経済的に余裕がある
- 都心で働くバリバリのキャリアウーマン
<特徴>
- 社交的な性格
- 自分の時間を大切にする
- シンプルでセンスの良いものを追求する
- 個性的でこだわりがある
- 装飾より機能を好む
- フォアグラよりレバ焼きを頼む
- プールに行ったらいきなりクロールから始める
37歳の秋野つゆは「都内在住」で「独身か共働きで経済的に余裕がある」「都心で働くバリバリのキャリアウーマン」です。また、彼女は「社交的な性格」で「自分の時間も大切にする」生活を好み、「シンプルでセンスの良いものを追求する」「個性的でこだわりがある」女性です。
彼女は「フォアグラよりもレバ焼きを頼む」ような自分の欲望に素直な飾らない性格のようです。
さらに、Soup Stock Tokyoのマーケティング施策の立案にはほとんど関係がないように思える、「プールに行ったらいきなりクロールで泳ぐ」といった細かい設定までなされています。
このようにターゲット層に含まれる1人のターゲット像を詳細に描き出すことで、彼女のインサイトであったり、ニーズであったりというものが非常に洞察しやすくなりませんか?
そして、Soup Stock Tokyoのマーケティング・コンセプトは「秋野つゆを満足させること」。
つまり、秋野つゆという1人の顧客像を詳細に設定し、彼女が満足できる商品を開発し、種々のマーケティング施策を実行していくことが、Soup Stock Tokyoのマーケティングを一貫性あるものにしたのでした。
Soup Stock Tokyoのマーケティング施策は全て秋野つゆを満足させるために考え抜かれました。
彼女がよく訪れるであろう立地に、彼女が共感するであろうお店づくりをしました。
「経済的に余裕のあるキャリアウーマン」である彼女は、都心のよい立地に住み、仕事で都内の様々な場所へと出かけます。
こういった情報から、Soup Stock Tokyoは高級住宅街や駅チカなどに出店を重ねていくことになりました。
反対に、彼女がおそらく敬遠して近寄らないであろう渋谷などのいわゆる若者の町には出店することはありませんでした。
また、彼女は「独身か共働き」ですから、休日も旦那様や恋人と一緒にいるとは限りませし、多忙な仕事の合間にお店を訪れることもあると思われますから、女性一人でも気軽に入れる雰囲気のお店づくりが求められることになります。
そして、当然ながら彼女が好むであろうメニューを開発します。
意識が高い女性だと思われますから、身体に良い無添加で旬な食材を使ったメニューを開発し、しまも飽きないように週替わりで変更することにしました。
また、高所得で経済的に余裕のある彼女に合わせて、レギュラーサイズ(250cc)のスープが610円と少し高めの価格設定になりました。
このように、Soup Stock Tokyoは秋野つゆというペルソナを詳細に描き出し、彼女を満足することだけを念頭に、具体的なマーケティング・ミックスが策定された結果、創業10年で売上高42億円、52店舗の企業へと急成長を遂げたのでした。
カルビー「ヨガ好き27歳独身女性(文京区在住)」
カルビーのスナック菓子「ジャガビー」も、ペルソナ・マーケティングに果敢に取り組んだ結果、100億円を超える売上を記録した大ヒット商品となりました。
スナック菓子などの廉価で誰もが手に取れる商品は、「ターゲットを明確にしない」で開発することが少なくないというのがお菓子業界の常識です。
特定のターゲットに狙いを定めることなく、最大公約数的に「みんなが好きそうな」お菓子を作り、幅広い層に販売するマス・マーケティング的な戦略で大ヒットしたお菓子は数多くあります。
しかしカルビーはあえて、開発段階から「20~30代の独身女性」という層にターゲットを絞り込んだ商品「ジャガビー」を開発し、大ヒットに結び付けたのです。
カルビーには「独身女性は10代から20~30代になると美容のために3割がスナック菓子から遠ざかる」というデータがありました。
そこで、「みんなが好きなお菓子」を遠ざけて受け入れないこのターゲット層に対して、これまでになかった商品開発に取り組んだのです。
「20~30代の独身女性」という層にターゲットを絞り込みましたが、この段階ではまだターゲット像の輪郭が見えてきません。
そこで、「27歳」、「独身女性」、「文京区に暮らしている」、「ヨガとスポーツに凝っている」というペルソナを設定し、この架空の女性を満足させるためにマーケティング戦略を策定することとなりました。
この年代は美容のためにお菓子を我慢しているのですから、ヘルシーでなくてはいけませんし、典型的なスナック菓子の味がしてもいけません。
そこで、スナック菓子の味からは程遠いジャガイモに近い味とし、塩分は控えめ、一方でスナック菓子の特徴である「サクサク感」は残して、楽しんで食べることができる食感に仕上げ、食べ過ぎる分量だと敬遠されてしまい購入に繋がらないことから、食べきりサイズとしました。
また、会社帰りにコンビニに寄った時に気軽に買えることを流通に関するコンセプトとし、コンビニ限定での販売に踏み切りました。
こういった商品コンセプトやマーケティング・ミックスが、健康志向の独身女性の心をつかみ、大ヒットにつつながり、品薄になる程の人気商品となりました。
ペルソナ設定の肝は、「ヨガとスポーツに凝っている」としたことだと私は考えています。
スナック菓子から遠ざかるとされる20代の女性、しかもヨガとスポーツに凝っているという、一見するとスナック菓子を売ることが非常に難しいと思われるペルソナを設定して、そのハードルを越える商品開発につなげていったところが素晴らしいと思うのです。
日立アプライアンス「設備店経営者 旭立信彦」
日立アプライアンスは日立グループに属し、業務用の白物家電や照明・住宅設備機器、冷凍・空調機器を販売しており、年間4,000億円以上の売上を持つ従業員8,000人超の企業です。
日立アプライアンスは、直接エンド・ユーザーに販売することはなく、その商流は、「日立アプライアンス→特約店→設備店→エンド・ユーザー」という多層構造を持つものでした。
いわゆる「卸売業」にあたる特約店が、日立アプライアンスから仕入れた商品を全国の中小規模の設備店に流し、最終的に設備店がエンド・ユーザーである事務所や店舗などに販売する流れになっています。
このような商流を持つため、日立アプライアンスの営業部隊が日々接するのは特約店であり、特約店のニーズは理解できるものの、その先にあってエンド・ユーザーと日々接している設備店が、どのような課題を抱えているのかに関しては、殆ど情報がありませんでした。
設備店にどのような情報を提供してあげれば、販売が加速して、日立アプライアンス製品の市場シェアがアップするのかを非常に掴みづらい状況にありました。
このような状況の中、日立アプライアンスが実施したことは、設備店のペルソナの作成でした。
ペルソナを作成するにあたって、彼らは設備店1,806社にアンケート調査を実施したところ、回答のあった設備店のうち、8割を占めたのが従業員数10名以下の小さな設備店でした。
そこで、営業企画部のペルソナ作成プロジェクトの担当者が、営業担当者とともにそれらの10名以下の設備店を全国行脚しインタビューを行い、インタビューで収集したデータをもとにペルソナである「旭立(あさひだち)信彦」さんを作成したのです。
それまでは直接の顧客である特約店とコミュニケーションするだけであったのが、その先にあってエンド・ユーザーと日々接している設備店の持つ課題やニーズまでは掴めていなかったのが、ペルソナである旭立信彦さんが誕生したことで、設備店がどのような課題やニーズを持ち、どのような情報を求めているのかを把握できた結果、設備店に対する適切なサポートができるようになりました。
たとえば、日立アプライアンスが製作して設備店にも頒布していた販促物。
日立アプライアンスは、設備店がどういった販促物が必要なのか知る機会がなかったことから、同社の思い込みで製作していた販促ツールを全て見直して、これを機会にその全てがリニューアルされることになりました。
それまでの販促物は、設備店のビジネスに役立つものではなかったからです。
具体的には「旭立さんはどういう情報が必要なのか」という視点で販促ツールを見直したのです。
設備店で日々苦労してエンド・ユーザーと接している旭立さんという具体的な人物像を対象に販促ツールの役割を見直した結果、日立アプライアンスの設備店への働きかけは的を得たビジネスを加速させるに十分なものへと変容していったのです。
その結果、同社の事務所や店舗向けのシングルパッケージ型のエアコン市場のシェアは9.8%→11.1%に増加するという結果を得ることができました。
BtoBであっても、ビジネスを動かしているのは、組織としての合理的な意思ではなく、その組織を構成する生身の人間なのですから、BtoCと同様にペルソナを設定して、法人ではなく人間にフォーカスするペルソナ・マーケティングが効果を発揮することが実証された事例と言えるでしょう。
事業再生とペルソナ
20年以上に渡って、中堅・中小企業の事業再生の現場にどっぷり浸かっていると、つくづく感じることがあります。
それは、なぜ日本の中堅・中小企業にはマーケティング思考が根付かないのだろうかということです。
たしかにマーケティングはとっつきやすくて入りやすい学問分野ではありますが、実務で使いやすいように体系化がなされているとは思えないので、体系的に学ぶのは非常に難しい学問であることは間違いないでしょう。
しかし、それにしても、1人や2人くらいはマーケティングに精通した経営者がいてもおかしくないと思うのですが、事業再生のフェーズにある中堅・中小企業経営者のほぼ全員にマーケティング的な思考を持つ人はこれまでにはいませんでした。
日本の中堅・中小企業経営者のペルソナを書けと言われたら、「マーケティングに関する素養がない」という要素は外せないですし、「経営に関して勉強不足」という要素も必須だと思っています。
このような状態なので、ペルソナ設定を行ってマーケティング戦略を組み立てている再生フェーズにある中堅・中小企業などは、残念ながら出会ったことがありません。
そもそも、ただ一人だけの生活者にフォーカスして、買っていただきたいお客様を限定するとは何事だ、という声のほうが多いのが現状なのです。
逆に言うと、マーケティングという経営そのものである思考スタイルを持たずにこれまで長い間経営を行ってきて、会社の業績が悪いなりに未だに存続していることのほうが驚きであり、そのような企業にマーケティングを導入して、それが経営の中で日々実践され出したら、実はものすごいポテンシャルがあったことが露見するのではないかと思うのです。
とてももったいないことだと思いますが、ペルソナ設定に限らず、マーケティング戦略の策定を行って日々マーケティングの実践が当たり前のように出来るようになれば、まだまだ儲かる中堅・中小企業は多いはずだと思います。
事業再生のフェーズに落ち込んだ原因のひとつには間違いなくマーケティング思考の欠如があります。
事業再生に取り組むのを良い機会にして、是非マーケティング思考の社内浸透に取り組んでみられたらいかがでしょうか。
中小企業が事業再生を成功させるポイントについては、下記の記事を参考にされてください。
中小企業が事業再生に取り組む時に、経営者が念頭に置いておくべきポイントって何だろう。中小企業が事業再生のフェーズから抜け出すために必要なことって色々言われているけど、その道のプロの人からしたら、どんなポイントを押さえるべきなんだろう。
破綻懸念先のランクアップ方法については、下記の記事を参考にされてください。
破綻懸念先の企業は、一体どうやって収益性を高めていけばいいのだろう。この10年間ずっと売上は減少するばかりで、コストカットなど限界まで来ているし、これ以上何をやればいいのだろう。何かいい方法があったら教えてほしい。こんな悩みに回答します。
事業再生を相談するべき専門家の選び方については、下記の記事を参考にされてください。
事業再生に取り組むにあたって誰に相談すればいいのだろう。再生支援協議会に行くと会計士や税理士を紹介してもらえるそうだけど、それで本当に事業再生は成功するのかな?こんなお悩みをお抱えの経営者の方は必見です。誰に相談するべきかがわかります。