事業再生において税理士にできることは何か?

ここ数年売上がだんだんと落ちてきて営業利益もトントンで、商売の調子がホントに良くないな。
先日の銀行との面談でも担当者から、「そろそろ事業再生に取り組んでみたらどうですか?いい税理士さんを紹介しますよ。」と言われてしまった。

でも、事業再生って初めてのことだから誰に相談したらいいのかわからないしな・・・銀行の担当者の言うように税理士さんにお願いしたほうがいいのかな?

このようなお悩みをお持ちの経営者の方はたくさんいらっしゃることと思います。

事業再生の経験がある経営者の方は非常に少ないでしょうし、そういった方でも何度も経験するものでもありませんから、誰に相談するべきかなんていまだにわからないかもでしょう。
ましてや、その経験のない経営者の方が御社の再生を誰に相談するのが一番いいのかわからなくて当然ですね。

そこでこの記事では、経営者の一番身近な専門家である税理士が事業再生においてできることについて説明をしますね。

この記事を読むことで、事業再生において税理士ができることがしっかり理解できるようになり、御社の再生のアドバイザーを誰に依頼するべきかの判断基準になるはずです。

本記事は中堅・中小企業の事業再生に取組んで20年以上、200社以上の事業再生案件に関与して、管理会計、マーケティング、組織再編の力で再生に導いた事業再生のプロである公認会計士が書きました。

事業再構築補助金に採択される方法については、下記の記事を参考にされてください。

事業再生において税理士にできることは何か?

事業再生において税理士にできることは何か?結論を申し上げますと、税理士は税法という法律の専門家であって、会計の専門家でもないですし、経営全般に精通している経営の専門家でもないので、事業再生というプロジェクトの中で活躍できるのは、高度な税法の知識が求められる場面に限定されます。

事業再生で実施することが求められる仕事を大きく分けると、財務デユ―デリジェンス、事業デユ―デリジェンス、これらの結果を基にした戦略と具体的施策の立案、さらにはこれらをまとめ上げた経営改善計画の策定になりますが、どのフェーズでも税理士が中心となって実施することは不可能です。

税理士は財務会計及び管理会計を学んでいないので、財務デユ―デリジェンスは実施できないですし、オペレーション、マーケティング、WEB、戦略、組織論等々の知識を有しませんので、事業デユ―デリジェンスも実施することはできません。
さらに、これらを基礎にして考える戦略や具体的施策の立案もできませんし、加えて、売上高の計画値の策定などはとても難解ですから、計画策定なども実施することもできないのです。

事業再生に取組むにあたって、銀行から認定支援機関として税理士の先生を紹介されることが多いと思いますが、会社の再生などという難解な仕事に対しては、税法の専門家である税理士の先生がその仕事を遂行することはできないと心得ておいたほうが宜しいかと思います。

では、その税理士の仕事の範囲を規定することとなる、税理士のスキルを見ていきましょう。

基本的スキル

税理士の基本的スキル税理士の基本的なスキルの大前提となるものは、税理士試験の試験科目であり、この内容が税理士の知識とスキルを規定することになります。

税理士は合格するのが非常に難しい国家資格ですので、相当の勉強が必要なのはいうまでもありません。

税理士の資格試験は5科目の合格が必要で、必須科目2科目(簿記論、財務諸表論)、選択必須科目(法人税法、所得税法のうちいずれか1科目)、選択科目(相続税法、消費税法、酒税法、国税徴収法、事業性、住民税、固定資産税、および選択必須科目で選択しなかった科目の中から2科目)という試験科目の構成となっています。

ここで、試験科目に必須科目として簿記論と財務諸表論がありますが、いずれも企業の帳簿の記帳を正しく行わせて申告書を適正に作成するという観点からの出題なので、極めて基本的な出題となっています。

公認会計士試験で問われるような連結会計や持分法会計、税効果会計(事業再生では必須)などの出題もないので、公認会計士試験のように財務会計を極めるような試験勉強は不要です。
税理士試験の簿記論や財務諸表論は財務会計の一部分を問う試験であり、公認会計士試験のように財務会計を網羅的に、かつ深く問うような出題はありません。

事業再生には財務デューデリジェンス(財務の詳細な調査)が必須ですが、財務会計と監査論を身に付けていないと、この調査をこなすことが全くできません。
多くの税理士には、粉飾、特に簿外債務の存在などの調査はお手上げですし、引当金関係(貸倒引当金、退職給付引当金、偶発債務引当金等)や資産の評価は手に負えないと思います。

さらに、税理士試験には、経営を支えるもう一つの大事な会計である管理会計が含まれていません。

管理会計については、税理士試験合格後に実務の中で自らが学ぶ必要があるのですが、管理会計を十分使いこなしている税理士の先生方は極めて少ないのが現状です。

多くの税理士が管理会計と呼ぶものは、予算実績差異分析だけであり、伝統的な管理会計全般を指すわけではありませんので注意が必要です。

期初に予算を立てて期末に実績を出し、予算と実績を比較し差異が出たら、「なぜ、予算と実績にこんなに差が出たのですか?差が出ないように頑張ってください。」とアドバイスして終わりの管理会計もどきが世の中には氾濫しており、それを管理会計と信じて疑わない税理士は実は多く存在します。

また、管理会計には問題発見の糸口となる分析実務がついてまわりますが、財務分析ですら身に付いていない税理士を私は実務の中でたくさん見てきました。

予算実績差異分析については、下記の記事を参考になさってください。

さらに、会社法、監査論、経営学、戦略論、オペレーション理論、ファイナンス理論やマーケティング等の経営相談には必須の学科の試験は税理士試験には課されていません。
これらも試験合格後に税理士が実務の中で自ら学ぶ必要がありますが、このあたりまで学んでいらっしゃる税理士は残念ながら皆無です。

以上から、一般的な税理士の基本的なスキルは税法がほぼ全てであり、税理士試験合格後に自ら学んで管理会計を習得されている方でさえ極めて少ないということ、さらに経営学やマーケティングを学んで身につけている税理士はほぼ皆無であるというのが現状です。

つまり、税理士は税法の法律の専門家であって、マーケティングや戦略論等の経営に関しては全くの門外漢であるということです。   

税法という法律は、その時々の経済状況や時の権力者の意向も受けて毎年改正される非常に厄介な法律であり、税理士は毎年その改正を追いかけるだけでもとても手間のかかる大変な職業です。
その中で日々の顧問先との様々な税に関する相談に応じなければなりません。

そんな多忙な日常の中で、税法以外の学びの時間を取るということはとても大変なことで、税理士が税法以外の専門分野を持つということ自体が物理的に難しいということでしょう。

しかしながら、世の中の多くの中小企業の経営者は経営の相談を身近な専門家に相談に乗ってもらいたいはずであり、その社会的な要請に税理士は応えていかなくてはなりません。

税理士試験において、税法だけを試験科目として課すのではなく、合格後の経営の相談に乗ることができるように、経営学やマーケティング論の試験科目を設けるべきだと私は考えています。

私の主催する「問題解決倶楽部(会計専門家のためのコンサルティング講座)」では、志の高い税理士の先生方が学んでいらっしゃいますが、こういった先生方がどんどん増えてくれば、本当の意味での事業再生の担い手に困ることもなくなるのですね。

会計士が事業再生においてできることについては、下記の記事を参考になさってください。

弁護士が事業再生においてできることについては、下記の記事を参考になさってください。

税理士と会計士のスキルの比較

税理士と会計士のスキルの比較税理士と会計士は、ほぼ同じ職能を持つ専門家であるという間違った認識が世の中にははびこっているようですが、この2つは全く別の職能を持つものであり、各々の専門家が有している知識とスキルは、一部の重なる部分を除いては基本的に全く異なります。

その相違については下記の記事の中の「会計士と税理士のスキルの比較」の項を参考になさってください。

また、事業再生の実務で求められる知識とスキルについては下記の記事を参考になさってください。

税理士にできないこと

事業再生において税理士にできないこと上記で説明したように税理士は税法という法律の専門家ですので、事業再生の中で税理士が活躍できる場面は、高度な税法の知識が求められる場面になります。

たとえば、会社の債務超過を解消するために社長個人が所有する土地を現物出資するというスキームを描いた時に、この現物出資の取引は簿価で行うのか時価で行うのか、時価で行うとすればその土地の会社側の受入価額はいくらにするのか、社長個人に譲渡所得の発生する余地はあるのか、発生するとすれば税額はいくらなのかを検討するなど、日常の税務では出てこないような特殊な取引がある場合などは、スキームを描いた後で必ずこの辺りにも詳しい税理士に確認を取ります。

上記の例は事業再生の専門家の我々からすれば極めてシンプルなものですが、ここに事業承継を絡めたりすれば、話はもっと複雑になります。

たとえば、上記の例で、社長が個人で所有する土地を後継者の長男に生前贈与して、その長男が贈与を受けた土地を現物出資する場合には、この土地の取引に関する税務上の扱いはどうなるのかと言った具合です。

先ほど、高度な税法の知識が求められる場面と書きましたが、上記の事例を見て頂くとわかりますが、それは概ね、組織再編や事業承継が絡むケースが多いかと思います。

平成13年度に施行された組織再編税制は、当初は不備が目立つ税制であり、我々事業再生の専門家はその税制の不備を突いた再編スキームを幾つも考え出して実務で実行していました。
しかし徐々にその不備も度重なる改正によって埋められ、クライアントにとってうまみのあるスキームを考えることが徐々にできなくなっています。

組織再編税制も税法の枠内の法律なのですが、非常に特殊な分野ですので、組織再編税制に精通している税理士も非常に少ないのが現状です。
また、事業承継の場合には、相続税などの資産税や事業承継税制が中心となりますが、この分野も精通されている税理士は少なくなります。
そういうわけで、組織再編や事業承継を伴うようなややこしい案件に入ってもらえる税理士は限られることになります。

以上のような、複雑で高度な税務リスクの検討を行わねばならない場合には、その方面の税法に詳しい税理士の先生に入ってもらってご指導いただくことになりますが、それ以外の場面では税理士の先生がハンドルできる仕事は事業再生の中にはないと言えます。

財務デューデリジェンスや事業デューデリジェンス、その後の戦略の立案やマーケティング施策の検討、ウェブマーケティングにおけるコンテンツの制作、商品開発や広告コピーの製作、コミュニケーション・デザイン等など、事業再生に必要な知識系統は非常に多岐にわたりますが、税理士に税法以外の事案を依頼するのは無理があるでしょう。

以上から、事業再生の場面では税法以外にかかわることは基本的に税理士には依頼するべきではないと考えられます。

マーケティング思考については、下記の記事を参考になさってください。

事業再生におけるマーケティングの重要性については下記の記事を参考になさってください。

銀行が税理士を紹介する理由

事業再生において銀行が税理士を紹介する理由金融機関(銀行)が事業再生に向けて協力をするということで、経営改善計画の策定を求められることが多いと思います。
そして、銀行がその計画書の提出を求めるにあたって、銀行の担当者から認定支援機関の税理士の紹介を受けることもよくあります。

認定支援機関についての詳細は下記の記事を参考になさってください。

税法以外の専門分野を持ち合わせていない税理士をなぜ紹介するのかというと、2つの理由が考えられます。

1つには税理士と公認会計士の違いを銀行の担当者も理解しておらず、どちらも会計の専門家であると勘違いしていることです。
そして、「会計の専門家である」と思われている税理士が作った計画書であれば審査部のうけもよく、行内の稟議も通りやすいからです。

2つ目には経営改善計画書に記載する内容がひな形で指定されており、そこでは本格的な戦略の立案と説明など求められていないからです。

そういった計画の策定は税理士でもできますし、税理士法人や税理士事務所のスタッフでもできてしまいます。
なぜならば書くべき内容が決まっているひな形が準備されていて、書く内容も非常に形式的な(悪く言えば中身のない)ものでも問題ないからです。

3つ目には、経営改善計画策後には、税務顧問として関与して管理会計の導入を図って経営数値の見える化を図ってほしいと期待しているからです。

多くの税理士や会計士が管理会計ツールとして使う予算実績差異分析については、下記の記事を参考になさってください。

このように、金融機関(銀行)のサポートを得て、例えば元本の返済猶予等の金融支援を受けて、もしくは保証協会の保証付き融資を受けるなど、資金的な支援だけを求めるのであれば、税理士に経営改善計画書の策定支援を依頼すればよいと思います。

しかし、事業再生にあたり、今後の事業そのものの立て直し、つまりは、戦略をどのように考えて策定するのか、工場のスループットの拡大をいかにして図るのか、さらにはウェブの効果的な活用方法やウェブ集客、マーケティング全般についての相談等をしたいのであれば、税理士にとってはハードルが高すぎて相談に乗れないことは理解しておいたほうがいいでしょう。

事業再生とは、コストカットをして短期的に利益を確保することを言うのではなく、世の中の生活者のニーズとズレてしまった商品コンセプトを見直して再定義することを含んだ事業構造の改革に他ならないのです。

もちろん、短期的には銀行からニューマネーを呼び込んで資金繰りを落ち着かせることも大事な仕事のひとつですが、それはあくまでも再生実務の入口の話でしかなく、事業再生の仕事の本質は事業構造改革を通じた収益力のアップですので、税法の専門家である税理士にはかなりハードルが高い仕事になります。

事業再生に取組むにあたって相談するべき専門家の選び方については、下記の記事を参考になさってください。

中小企業の事業再生のポイントについては、下記の記事を参考になさってください。

中小企業の事業再生支援協議会のメリット・デメリットについては、下記の記事を参考になさってください。