私的整理ガイドラインとは?【必読:事業再生のバイブルです】

私的整理ガイドラインという私的整理の際に則るべき原則等が記載してある、準則型私的整理手続きのバイブル的な存在があるらしいのだけど、その内容を知りたい。
これから私的整理手続きによる事業再生に取組むにあたって、私的整理の基本的考え方を知りたい。

こんな要望をお持ちの経営者の方もいらっしゃるかもしれません。

この記事を読むことで、私的整理ガイドラインという私的整理手続きのバイブル的な存在の内容が理解でき、私的整理の基本的な考え方を知ることがでます。
その結果、私的整理ガイドラインをベースの策定されている他の準則型私的整理手続きの内容が理解しやすくなり、どの私的整理の手続きが自社にとってメリットが大きいのか比較もしやすくなります。

本記事は、中堅・中小企業の事業再生に身を投じて20年以上、200社以上の再生案件に関わって、マーケティングと管理会計と組織再編の力で多くの企業を再生に導いた事業再生のプロである公認会計士が書きました。

私的整理ガイドラインは事業再生のバイブル

私的整理ガイドラインは事業再生のバイブル結論から申し上げれば、2001年9月に制定された私的整理ガイドラインは、債権者側からすればメイン寄せという問題を生じさせやすく、また債務者企業側からすれば、債権者会議ですべての債権者の同意を得られないと法的整理へ移行するという手続きの柔軟性の欠如から、他の準則型の私的整理手続きに比べて使い勝手の悪いものとなっています。
そういうこともあって、昨今では私的整理を実施する場合によるべき準則としては採用されることが少なくなっています。

しかし、私的整理の客観的な枠組みがなかった時代において、私的整理の際に順守するべきバイブルとして機能し、また、以降の多くの準則型手続きの策定において基礎を与えているものとして、その価値が廃れるものではありません。

これから事業再生に取組もうとする経営者であれば、一読しておくべきものでしょう。

私的整理ガイドラインとは何か?

私的整理ガイドラインとは何か?私的整理ガイドライン(正式名称:私的整理に関するガイドライン)とは、会社更生や民事再生などの法的手続によらず、債権者である金融機関と債務者企業との間の合意に基づき、債務について猶予・減免などをすることにより、事業価値を有しているにもかかわらず、過剰債務を主な原因として経営困難な状況にある債務者企業を再建する手続です。

私的整理ガイドラインは、「私的整理に関するガイドライン研究会」が2001年9月に策定したもので、この研究会には全国銀行協会や日本経済団体連合会が委員として名を連ねており、法的な強制力・拘束力はないものの、真に再建に値する企業の私的整理に関する金融界・産業界・経営者間の一般的コンセンサスであり、紳士協定として関係当事者が遵守することが期待されているものです。

ここで関係当事者とは、金融機関等の主要債権者及び対象となる債権者、企業である債務者、並びにその他の利害関係人をいい、これらの者によって自発的に尊重され遵守されることが期待されています。

私的整理ガイドラインによる私的整理手続きは、本来は、債務者と多数の金融債権者が関わって進める再建型の私的整理手続であり、私的整理全般を対象としていない極めて限定的なものでした。ここでいう多数とは数行というレベルではない旨が、私的整理ガイドラインのQ&Aに記載されていますが、個人的には、金融債権者が1つであるような債務者にも適用されるべきと考えています。

特に中小企業には、金融債権者が1つで、過剰債務を原因として窮境に喘いでいる企業も多く、債権者との話し合いを進めて自力再建することを望むケースは多いと考えられることから、金融債権者の数によらず、私的整理ガイドラインを利用するべきと思うからです。

ちなみに、法的強制力はないものの、一定の手続準則を示した機関の関与の下で進める私的整理を準則型私的整理手続きといい、そういった機関の関与がない中で、債務者と債権者の間で進める私的整理を純粋私的整理手続きといいます。

私的整理ガイドラインが制定された後、私的整理ガイドライン以外の準則型の私的整理手続きが様々に整備されています。
整理回収機構(RCC)の再建スキーム、中小企業再生支援協議会スキーム、事業再生ADR、地域経済活性化機構(REVIC)、特定調停なども私的整理ガイドラインと同じ準則型の私的整理手続きとなります。

なお、最近では、広く行われるようになった私的整理において、私的整理ガイドラインはあまり利用されておらず、中小企業再生支援協議会や事業再生ADRやなどによる私的整理が中心となっています。

その他の準則型の私的整理手続きについては下記の記事を参考になさってください。




制定の背景

制定の背景1990年代後半における日本経済はバブル崩壊の影響が色濃く残っており、北海道拓殖銀行や山一証券の経営破綻を受けて、金融機関が保有する不良債権の問題が大きくクロースアップされていました。

不良債権の処理を早急に進め、金融システムの安定化を目指す小泉政権は1998年に「金融再生トータルプラン」を取りまとめ、これを受けて金融監督庁(2000年7月に金融庁へ)が設置され、同年7月から10月にかけて主要行19行に対して銀行の保有する資産についての厳格な調査が実施されました。
その結果、同年10月には長期信用銀行が、12月には日本債券信用銀行が債務超過による破綻を認定されました。
そして、1999年3月末までに、1行を除くすべての主要行に対して公的資金による資本注入を行い、金融システムの安定化を図りました。

そして、これまで大蔵省が行っていた金融検査制度の改革を、金融監督庁が進めるために1999年7月にまとめられたものが金融検査マニュアルであり、金融機関が保有する不良債権の額を定期的に検査する体制が整えられました。

また、当時、債権の管理回収業務は弁護士の独占業務であり、弁護士以外の者が債権の管理回収業務を行うと非弁行為として罰せられましたが、不良債権の処理を効率的に進めるためには、その担い手が弁護士だけでは不足することから、民間の活力を利用するため、1999年に「債権管理回収業務に関する特別措置法(サービサー法)」が施行され、一定の要件を備え、法務大臣の許可を受けた民間業者が債権の管理回収業務を行うことができるようになりました。

さらに、1999年に公的資金の資本注入を受けていた銀行が、当時大幅な債務超過等で苦しんでいた準大手ゼネコン(青木建設等)に対する不透明な方法での債務免除を実施したことに対して世論の激しいバッシングもあり、民事再生等の法的再生によらない私的整理の枠組みでの客観的なルール作りが求められていました。

このような中、2001年4月に発表された緊急経済対策の中で、企業再建の円滑化が掲げられ、過剰債務を原因として窮境な状況にある企業の再建と、再建に不可欠な債権放棄に関する原則を早期に確立することが求められ、金融業界・産業界関係者のコンセンサスを図るために同年6月に「私的整理に関するガイドライン研究会」が発足しました。

そして、同年9月に「私的整理に関するガイドライン」が採択され、翌年2002年10月には、上記の研究会を母体とした実務研究会から、私的整理ガイドラインの運用に関する検討結果が報告され、その弾力的運用が可能であると結論付けられました。
その後、私的整理ガイドラインは、私的整理で順守されるべき原則として、事業再生実務の中に定着していきました。

ここまで見たように、金融機関の不良債権問題を解消し、金融システムの安定化を図るために、主要行を中心に公的資金の資本注入した後に、金融検査マニュアルの制定、サービサー法の制定、私的整理ガイドラインの制定を順次行ってきたわけです。

金融検査マニュアルの制定によって、金融機関が抱える不良債権の定量的な把握が可能となり、弁護士だけでは間に合わない債権の管理回収業務をサービサー法によって民間事業者に開放し、法的整理では事業価値の棄損が避けられないこと、また今後予想される倒産事件の増加に裁判所の実務が逼迫することを避けるために、私的整理ガイドラインが制定されたのでした。

金融検査マニュアル、サービサーについては下記の記事を参考になさってください。


制定による変化

制定による変化2001年に私的整理ガイドラインが制定され、私的整理を実施する際の原則として事業再生の実務に定着していったわけですが、私的整理ガイドラインが制定される前までの私的整理と、制定された後の私的整理では、その実務はどのように変わったのでしょうか。

私的整理とは、民事再生等の法的手続によらずに債権者と債務者との合意により債権債務を処理する手続の総称であり、決まった方法もなかったため、様々な私的整理のバリエーションが考えられました。

私的整理ガイドラインがなかった時代の私的整理では、本来であれば履行するべき経営者責任であったり、保証履行の責任であったりというものがないがしろにされているケースも散見されていたと思われ、たとえば債権者と債務者の関係が近いような場合には、私的整理によって関係者の誰かが利益を得ることが多かったように思います。

私的整理ガイドラインが制定される前に行われた、準大手ゼネコン救済のための金融機関による債権放棄も公的資金の資本注入で国民の目が注がれていた中で不透明な形で実行されたために、大きな批判を浴びましたが、経営責任の履行等が不十分なケースだったことも批判の対象となったのでしょう。

2001年に私的整理ガイドラインが制定されて以降は、債権放棄等の金融支援を受けた場合の経営者責任の履行が明確化されたこと等で、私的整理の手続きの中で誰かが利益を得ることもなくなり、衡平性が担保された手続きによる私的整理が可能となりました。

また、債務者が作成した再建計画書の実現可能性に疑義があったり、以前に財務諸表の重大な虚偽記載があったような過去を持つ債務者であったり、債務超過の額が大きく複数の債権者による債権放棄が必要であるなどの理由から、純粋私的整理に踏み切れなかった事案も多かったと思われますが、私的整理ガイドラインの制定によって、こういった案件も私的整理の枠内で対処が可能となりました。

対象となる債務者

対象となる債務者経営状態の悪く窮境の状況にある企業全てが、私的整理ガイドラインの適用を受けられるわけではありません。
これは他の全ての準則型の私的整理についていえることです。

私的整理ガイドラインが想定している企業の再建は、会社更生法や民事再生法などの法的整理手続によったのでは事業価値が著しく毀損されて再建に支障が生じるおそれがあり、私的整理によった方が債権者と債務者の双方にとって経済的に合理性がある場合に限定されているのです。

そして、債権者に債務の猶予、減免等の協力を求める前提として、債務者企業自身が再建のための自助努力をすることはもとより、その経営責任を明確にして、株主(特に支配株主が存在している時は、その支配株主)も最大限の責任を果たすことが予定されているものです。

では、具体的に私的整理ガイドラインが想定している対象債務者の要件をみていきましょう。

(1)過剰債務を主因として経営困難な状況に陥っており、自力による再建 が困難であること。
(2)事業価値があり(技術・ブランド・商圏・人材などの事業基盤があり、 その事業に収益性や将来性があること)、重要な事業部門で営業利益を計 上しているなど債権者の支援により再建の可能性があること。
(3)会社更生法や民事再生法などの法的整理を申し立てることにより当該 債務者の信用力が低下し、事業価値が著しく毀損されるなど、事業再建に 支障が生じるおそれがあること。
(4)私的整理により再建するときは、破産的清算はもとより、会社更生法 や民事再生法などの手続によるよりも多い回収を得られる見込みが確実 であるなど、債権者にとっても経済的な合理性が期待できること。【私的整理に関するガイドライン3.対象となり得る企業】

私的整理ガイドラインでは、上記(1)〜(4)の要件をあげていますが、この前提として、債務者企業が「多数の金融機関に対して」債務を負担していることを要求しています。
どの程度の数になったら「多数」といえるのかについては断定できませんが、金融機関等債権者が数社以内の場合には、適宜な方法で協議して再建策を取り決めることができると考えられているため、数社レベルの債権者数での適用は念頭に置かれていないようです。

では、上記(1)〜(4)の要件を1つずつ詳しく見てみましょう。

(1)過剰債務を主因として経営困難な状況に陥っており、自力による再建 が困難であること。

単に経営状況が悪いことだけでは、私的整理ガイドラインの適用はありません。
たとえば、提供している商品やサービスの売れ行きが悪いことが主因で経営状況が悪いというケースなどは適用外となります。
あくまで、一定の収益力はあるのだけれども、設備投資等の失敗によって過剰債務を抱えている企業で、その過剰債務が資金繰りの足を引っ張り、経営悪化を招いている主因であることが必要なのです。

(2)事業価値があり(技術・ブランド・商圏・人材などの事業基盤があり、 その事業に収益性や将来性があること)、重要な事業部門で営業利益を計上しているなど債権者の支援により再建の可能性があること。

本業の営業利益が赤字のような企業の再建は困難であると判断せざるを得ないのが一般的であることから、再建可能性を判断するための例示として、「重要な事業部門で営業利益を計上している」ことを要件としています。
しかしながら、私的整理ガイドラインの適用を伴う私的整理の申し出を行った時点では営業赤字であったとしても、本業の事業構造の改革等により営業利益を黒字化できることが確実な企業までも排除しているわけではないことには注意が必要です。

また、再建計画終了後には正常先となるようなレベルの営業利益等の水準にまで改善されることが求められていますので、このレベルの水準を達成できることが確実な企業であれば、申し出時に営業赤字であっても、私的整理ガイドラインの適用は可能です。

(3)会社更生法や民事再生法などの法的整理を申し立てることにより当該 債務者の信用力が低下し、事業価値が著しく毀損されるなど、事業再建に支障が生じるおそれがあること。

私的整理ガイドラインQ&Aにおいて、「事業基盤が著しく毀損される」ことの具体的な説明がなされています。
それによれば、法的整理手続になると一般商事債権者(納入業者)まで巻き込んだ整理となり、彼らにも債権放棄を求めることとなるため、納入業者が商品の納入を拒んだり、または支払条件を現金とするなど、営業が継続できなくなったり、資金繰りが一層厳しくなったり、また、法的整理で再建を目指した場合には、倒産のレッテルが貼られ、風評被害によってブランドイメージが劣化し、ユーザーが債務者の製品・商品の購入や発注を回避し、結果として事業が成り立たなくなって清算に向かわざるを得なくなるケースなどがあることが指摘されています。

(4)私的整理により再建するときは、破産的清算はもとより、会社更生法 や民事再生法などの手続によるよりも多い回収を得られる見込みが確実 であるなど、債権者にとっても経済的な合理性が期待できること。

私的整理ガイドラインは、債権者の有する債権の一部を放棄することで、債務者企業の事業再生に繋がり、債務者企業向けの残存債権の回収の可能性がより高くなることで、債権者の損失が最小限に抑えられることとしています。

したがって、債権者にとって、法的整理手続によった場合に想定される回収額よりも、私的整理手続きにおいて債権放棄を実施し、事業を継続させながら事業収益による残存債権の回収を図った方がより多くの回収が見込める、経済合理性が要求されています。

経済合理性の詳細については、下記の記事を参考になさってください。

他の準則型私的整理手続きとの比較

他の準則型私的整理手続きとの比較私的整理ガイドラインによって、過剰債務等を整理する手続は、基本的に債権者と債務者との話し合いや合意により進められていくものであり、債権者と債務者の利害調整、または、債権者同士利害調整なども、当事者のみで進めることが予定されています。

他の準則型の私的整理手続き、たとえば、中小企業再生支援協議会スキームであれば、そういった調整機能を発揮する公正中立な第三者として中小企業再生支援協議会がありますが、私的整理ガイドラインの場合にはそのような調整役は想定されていません。

つまり、私的整理ガイドラインは債務者企業がメインバンク等の主要債権者に自ら話を持ち込んで私的整理手続きを開始することを想定しているため、手続きに則って進めていく中で、融資シェアの低い金融機関は手続きに乗ることなく返済を求めてくることが多く、自然とメインバンク寄せの状況が生まれてしまうことが多くあります。

また、私的整理ガイドラインに基づいて私的整理を進めた場合、対象となる債権者すべての同意が得られなかった場合には、法的整理等への移行措置をとることが求められているので、この点、他の準則型の私的整理手続きに比べると手続き的に厳しいものとなっています。

このように、私的整理ガイドラインには、メイン寄せの問題や、手続き的にやや柔軟性に欠ける点があることから、昨今では、中小企業再生支援協議会スキームなどの他の準則型の私的整理手続きが利用されることが多くなっています。

私的整理ガイドラインによって私的整理を進めることが全くなくなったわけではなく、場合によってはガイドラインを使う場面があることも考えられます。
この場合には、先にも書きましたが調整機能を発揮するものがいないので、外部の事業再生の専門アドバイザーは必須となりますが、その場合に人選はしっかり行いましょう。

事業再生アドバイザーについては、下記の記事を参考になさってください。


事業再生に取組むにあたって相談するべき専門家の選び方については、下記の記事を参考になさってください。