リポジショニングとは何か?【注目:業界の序列を変える力を持つ】

リポジショニングという老舗の立て直しの手法があるということだけれども、いったいどういう手法なのだろう。

創業100年を超えるわが社の売上もどんどん減ってきているので、ぜひリポジショニングに取り組んでみたい。

このようなお悩みをお持ちの、学びと実践を大切にする老舗の経営者の方はとても多いように思われます。

この記事を読むことで、売上が大きく減ってしまって、この先じり貧だなと感じる会社の経営者が、自社ブランドを見直す視点と、立て直しの手法が理解でき、ブランドの再建に向けた効果的なマーケティング戦略の立案ができる可能性が高まります。

本記事は中堅・中小企業の事業再生に取り組んで20年以上、200社超の再生案件に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生へと導いてきた、企業再生のプロフェッショナルである公認会計士が書きました。

事業再構築補助金に採択される方法については、下記の記事を参考にされてください。

リポジショニングとは何か?

リポジショニングとは何か?リポジショニングとは、ターゲット顧客のニーズが変化したことによって、ブランドの現在のポジショニングから提供できる価値がズレてしまった場合に、ブランドのポジショニングの見直し行って、再活性化させることをいいます。

生活者を取り巻く環境は時代の移り変わりとともに変遷していきます。
日々確実に移ろい続けているはずなのですが、一日一日の移ろいは極めて微かな動きなので、我々人間が日々その動きを認知できている訳ではありません。
そういった日々の変化の積み重ねによって我々を取り巻く環境は大きく変化し、その影響を受けて我々を取り巻く日々の文脈も変化しています。

こういった環境や文脈の変化が生活者のインサイトに影響を与えて、モノやサービスとの間に存在する価値を変化させていきます。

そして、自分にとって非常に大きな価値を持っていたモノやサービスに何ら価値を感じなくなっていくことはよくあることであり、我々を取り巻く環境が変化する限り、避けられないことなのです。

つまり、モノやサービスの提供価値であるコンセプトと、世の中の生活者のニーズとの間のズレは、時間が経過するとともに発生することが避けられない運命にあるということです。

中には、そのズレが殆ど生じないことから、何十年もの間長期にわたって売れ続づける商品やサービスが存在しますが、そういった商品がロングセラー商品を呼ばれるものになります。
こういった商品は、人間の根っこにある欲望に起源をもつニーズに合致した商品であるので、人間の根本的な欲望が変化しない結果、商品のコンセプトとの間にズレが生じることが永遠にないのでしょう。

さて、商品やサービスを提供している側からすると、なかなかこの商品の提供価値であるコンセプトと生活者ニーズとの間のズレに気が付くことができません。
マーケティング部やそういった機能が社内に存在しない多くの中堅・中小企業ではまず気付くことがないと思います。

商品コンセプトと生活者ニーズとのズレに気付かないと、商品やサービスは世の中から求められない存在となって、そのビジネスは継続することが困難となって、いずれ消滅する運命にあります。
現代の多くの破綻懸念先企業の多くがこの状態にあります。

こういった商品コンセプトと生活者ニーズの間のズレを修正する1つの方法がリポジショニングという手法になります。

消費者インサイトについては、下記の記事を参考になさってください。

リポジショニングの方法

リポジショニングの方法リポジショニングを行う方法はいくつかありますが、ここではポジショニング・マップで使う2軸の再検討を行う方法を解説しましょう。

ポジショニング・マップを策定するにあたっての2つの軸を選択する際には、ターゲット顧客の購買決定要因(KBF)に自社にとっての競合優位性を加味すべきことは、別稿「ポジショニングとは何か?【頭の中におけるユニークな位置取り】」で書いた通りですが、リポジショニングを検討するに当たっては、自社ブランドが再び独自な存在としてターゲット顧客の頭の中に位置づけられるためには、まだ業界では認知されていないものの顧客の潜在ニーズの存在が想定される「新しい購買決定要因(KBF)」を考えることはとても有効です。

こういった「新しい購買決定要因(KBF)」の軸を見出して、自社ブランドのリポジショニングを行うことは、自社のブランドの収益力の回復にとってはとても有効であり、一気に業界の序列を変えてしまうことにもつながるものです。

以下では、購買決定軸の転換を行って、リポジショニングに成功した事例を詳しくご紹介しましょう。

リポジショニングの事例

リポジショニングの事例ポカリスエット(大塚製薬)の事例をご紹介しておきましょう。

発売時:新しいカテゴリーの創造

大塚製薬の開発担当者がメキシコに出張した時に、日本とは比べ物にならない水事情の悪さからお腹をこわして現地の病院に入院したところ、医師から水分補給と栄養補給を欠かさぬように指導を受け、点滴を受けました。
その点滴を見つめていた時に、「日本でも、手術を終えたばかりの医者が、栄養補給のために点滴液を口から飲むのを見たことがある」ことを思いだし、「飲む点滴液」の開発をひらめいたそうです。

そして、1973年から「飲む点滴液」の開発が進み、1980年にようやくポカリ・スエットの発売にこぎつけました。
商品のコンセプトは、「発汗で失われる水分と電解質を手軽に補給できる飲み物=汗の飲料」でした。

日常の汗の成分の再現とおいしさとの両立という難題に挑んだ開発陣が作った試作品は1,000種類を超えたそうです。

ポジショニングの前に対象市場をセグメンテーションして、特定のセグメントにターゲティングするというSTPの考え方はマーケティングの基本ですが、人間は誰もが汗をかくものですし、汗をかくシーンは無限に考えることができることから、ターゲティングを詳細に検討するということはなかったのだろうと思います。

当時販売されていた清涼飲料水は、甘味が強いフルーツ飲料や炭酸飲料が主力でしたので、清涼飲料水の購買決定要因は、「甘くて美味しい」、「口の中に刺激を受ける」、「一息つける」などであったと思われ、当時の清涼飲料水のポジショニング・マップを作成すれば下図のようなものであったと思われます。

ポカリスエット発売当時の清涼飲料水のポジショニングこのような清涼飲料水のポジショニング・マップの中で、「甘くもなく何とも不思議な味のする」ポカリスエットの取れるポジションは負け組のポジショニングでしかありませんでした。

そこで、単なる清涼飲料水というカテゴリーでは捉えず、これまでにない新しいカテゴリーである「健康飲料」での訴求を行い、生活者がこれまでにない味であったことからまずは味に馴染んでもらう目的で、場所、シーンを問わずサンプリングを繰り返し行いました。

サンプリング(商品の無償配布)を実施した場所は、子供たちの野球大会に代表されるスポーツシーン、お風呂に入ると汗をかく温泉施設、お酒を飲んだ後の喉の渇きを癒す夜の繁華街などです。

このように、健康飲料としての認知向上と、試飲による味の定着の2つを最初にクリアしなければならないハードルとして設定したのです。
これらの活動の最終目的は、ポジショニング・マップの2軸のうち、どちらか、もしくは両方を書き換えてしまうことにありました。

それまでの清涼飲料水は、気分転換のために飲む、おいしいから飲む、という価値を提供するだけでしたが、ポカリスエットは、汗をかいたから飲む、という新たな価値を創出し、「今までに経験したことのないこの味は、汗をかいた後に飲むと美味しい」ということを、試飲してもらいながら広めていったのです。

このような地道なサンプリングが功を奏して、徐々に「発汗で失われる水分と電解質を手軽に補給できる飲み物」としてのポジショニングを確立していきました。
つまりは、「身体(健康)のために飲む」という新しい購買決定要因(KBF)の確立を行って、健康飲料を含めた清涼飲料水のポジショニング・マップの価値軸を書き換えることに成功し、ユニークな存在としてのポジショニングを獲得したのでした。

ポカリスエットの認知浸透後のポジショニング

上のポジショニング・マップは、ポカリスエットの健康飲料としての認知が浸透した後のものです。
サンプリング等の効果もあって、清涼飲料水ではなく、これまでにない新しい「健康飲料」として認知が浸透した結果、世の中の生活者の頭の中にあるポジショニング・マップの軸が置き換わって、「汗をかいた後に飲む健康飲料」というユニークなポジションを獲得することに成功したのでした。

ターゲットを詳細に設定しなかったことから、コミュニケーションの内容も多種多様なのがポカリスエットの面白いところです。
発売当初は、外国人タレントを起用した飲料の広告は珍しかったのですが、テレビCMでは欧米の女性モデルや女優を起用し、飲むシーンを想起させるコミュニケーションを展開していました。

1980年代後半から90年代は、美少女タレントとして一世を風靡していた宮沢りえや一色紗英などを起用し、若々しくアクティブなイメージを打ち出していたことも記憶に新しいことと思います。
2000
年に入ると当時日本ハムファイターズに所属していたダルビッシュ有を起用したスポーツアスリート向けのコミュニケーションも展開しています。

成熟期:リポジショニング

さて、時代が進み2000年代に入った頃から、清涼飲料水にミネラル・ウオーターやお茶などの新ジャンルが登場してきました。

こういった動きに対して大塚製薬は、機能性訴求をさらに強化し、ミネラル・ウォーターやお茶よりも水分補給機能は優れていることをしっかりコミュニケーションすることにしました。

ところが、市場にミネラル・ウオーターやお茶が支持されていく中で、女性の生活者を中心にして「機能性ドリンクは太るよね」というイメージを持つ人が増えていくことになりました。

なぜならば、発売当初から甘くない飲料としてのポジションを獲得していたポカリスエットも、糖分を含まないミネラル・ウオーターやお茶などがどんどん台頭したことによって、相対的に甘い飲み物という認識が広まってしまったからでした。

ポカリスエット発売当初は、清涼飲料水の多くが非常に甘かった中で、汗の成分を模して甘味が少なかったこと、汗をかいた後で飲むという独自の飲用機会によって、独自のポジションを獲得することができたわけですが、時代が変わって、ミネラル・ウオーターやお茶などの無糖飲料が競合ジャンルに加わった結果、ポカリスエットが「甘くて太る飲料」として認知されてしまう結果となったのです。

そのような中で、新しいポカリスエットの開発を進めましたが、ポカリスエットと同じ機能を保ちながら、甘みを極力抑えるという難題が開発陣の前に立ちはだかりました。
そして、研究開発に6年という長い歳月を要することになりましたが、とうとう2013年4月に、甘さを極力抑えたカロリーオフ飲料の「Newテイスト、Newカロリー」のポカリスエット・イオンウォーターを発売するに至ったのです。

イオンウォーター発売後の、清涼飲料水のポジショニング・マップは以下の通りです。

イオンサプライ発売後のポジショニング・マップ上のポジショニング・マップを見ていただくとわかると思いますが、発売当初はマトリクスの右下の「甘くない-汗をかいた後」という独自のポジションにいたポカリスエットも、お茶やミネラル・ウォーターのシェアが増加するにつれて、左下の「甘い-汗をかいた後」というポジションへ、生活者の頭の中のブランドの位置取りが移動してしまいました。

そこで、ミネラル・ウォーターやお茶のとった「甘くない飲料」というポジショニングに近いところに新商品のイオンウォーターを当てて市場を奪い、飲料シーンによって従来のポカリスエットと棲み分けを図ることで大きくブランドの売上を伸ばしたマーケティング手法はとても上手だと思います。

新商品のイオンウォーターも、発売当初は懸念されていた従来のポカリスエットとのカニバリゼーション(共食い)を引き起こすこともなく、好調にヒットしました。
消費者調査を実施したところ、従来のポカリスエットとイオンウォーターを買い分けている人が多いこともわかり、「汗をかいた後はポカリスエット、日常的に飲むのはイオンウォーター」と使い分けている人も多かったようです。

さらに、ポカリスエット発売当初から、スポーツ飲料市場も対象市場に含めていましたが、後発のアクエリアス(1983年発売)がストレートにスポーツ飲料市場にガチンコ勝負でぶつけてきて、さらには後にオリンピックの公式飲料にも認定されましたので、「汗をかいた後でのみ甘い飲料」という同じポジションで、スポーツ飲料なのか健康飲料なのかで棲み分けを図っています。

ターゲティングのついて申し上げると、人間は誰でも汗をかくことからターゲットを特定しなかったポカリスエットに対し、新商品のイオンウォーターは、2030代の「ポスト部活動世代」という狭いセグメントにターゲティングしています。

「学生の頃は部活動で汗をたっぷりかいた後にポカリスエットを飲んでいたが、会社でのオフィスワークが多い今ではノンカロリーの水やお茶を飲んでいる」という具体的なターゲット像を想定しており、両者はターゲティングへの考え方から大きく異なっているのです。

学生の頃の部活動でポカリスエットを飲んだ経験のある現在のオフィス・ワーカーからすれば、「水やお茶だと物足りないんだけど、かといって缶コーヒーや缶紅茶だと甘すぎるんだよね。」というような、ドリンクの選択において葛藤を感じているターゲットのインサイトを刺激するのが、新しいイオンウォーターなのだろうと思います。

セグメンテーションについては、下記の記事を参考になさっててください。

ターゲティングについては、下記の記事を参考になさってください。

消費者インサイトについては、下記の記事を参考になさってください。

間違いだらけのリポジショニング

間違いだらけのリポジショニングマーケティングの教科書等でよく見られるリポジショニングの方法として、何らかのカテゴリーの商品やサービスについて現在の購買決定基準(KBF)を用いてポジショニング・マップを作り、どの競合ブランドも存在していない空白地帯にブランドのポジショニングを持っていく方法が解説されることがよくあります。

たとえば、価格とデザイン性が購買決定基準(KBF)であるような家電製品について、ポジショニング・マップを作成したところ、下図のようになったとします。

ホワイト・スペースの解釈の仕方3つのブランドが、各々の位置でポジショニングできているのは、価格とデザイン性のバランスがターゲット顧客に支持されていて、各々のブランドがそのポジショニングが与えている価値に意味があるからです。

このポジショニング・マップでは空白の箇所がいくつもありますが、それらすべてのポジショニングに生活者にとって意味のある価値を提供できる可能性があるかというとそうではなく、むしろこれまで空白であった理由は、そのポジショニングには市場が伴わない、つまりはそのポジションが提供する価値に共感する生活者が存在しないことのほうが、圧倒的に多いからなのです。

したがって、教科書的にポジショニング・マップを描いて空白地帯を見極め、その空白地帯にポジショニングするようにコミュニケーション等を考えるというリポジショニングの方法は現実的ではなく、生活者もまだ気付いていない新しい購買決定基準(KBF)を見つけ出して、ポジショニング・マップの2軸を書き換え、新しい価値を提案するリポジショニングの方法を考える方が、より現実的であるし、効果も高いのです。

既存の購買決定基準(KBF)を用いたポジショニング分析が役に立つのは、競合ブランドのポジショニングを模倣してガチンコ勝負する意図がある時だけだと私は思っています。

ポジショニングの本質が、競争を避けて、競争する必要がない独自の存在として生活者の頭の中に位置取りを行うことであると考えれば、競合ブランドのポジショニングにかぶせに行くこの手法はスマートとは言えないでしょうが。

ポジショニングについては、下記の記事を参考になさっててください。

事業再生とリポジショニング戦略

事業再生とリポジショニング戦略中堅・中小企業の事業再生という仕事に取り組んできた中で、営業赤字、実質債務超過の破綻懸念先であった企業が劇的に収益性を回復するシーンは何度も経験してきました。
V字回復を成し遂げた企業は、製作機器メーカー、倉庫物流業、伝統工芸品産業、飲食業等々、業種業態は様々です。

これらの会社が、その業況が昔に比べて悪化していたのは、提供している商品やサービスのコンセプトと、生活者ニーズとの乖離が大きな原因であったからに他なりません。

ところが、経営破綻の危機に瀕している企業の経営者のほぼすべてがこの事実に気付いていません。

彼らが口を開けば、「昔と違って経営環境が変わってしまったことが原因です。」と異口同音におっしゃいますが、経営環境が大きく変わったことが業績悪化の原因ではなく、そういった経営環境やそれに伴う生活者の置かれた文脈の変化に対応して、商品コンセプトを変化させ、ポジショニングを変化させることが経営者に役割であるはずなのに、そこを怠ってきたことが業績悪化の原因なのです。

商品コンセプトを、生活者ニーズの変化に合わせて変化させ続けることこそが経営の本質であるにも関わらず、そこに気付かず、そこに経営資源を集中させなかったという意味で経営者の経営責任はとても大きいと言わざるを得ません。

商品コンセプトとは、特定のポジショニングが与える価値に他ならないので、商品コンセプトを転換するとは、言い換えれば、ポジショニング・マップ上でのポジショニングを変更することと同義なのです。

コンセプトについては、下記の記事を参考になさってください。

経営環境が変われば、生活者の置かれた文脈が変化を受け、インサイトが変容し、あるカテゴリーの購買決定基準(KBF)も時間と共に緩やかに変化します。
このKBFの変化を感じ取って、ポジショニングを意図的に遷移させるという手法が、事業再生の世界でも当然に必要な思考のテクニックなのです。

もし、事業再生のフェーズにある企業の経営者であるならば、銀行に言われるままに、大きな効果が得られることがない、むしろ害悪であることも多いコストカットに走らずに、売上の回復を見込むことができるポジショニングの変更、つまりはリポジショニング戦略に取り組んでみてはいかがでしょうか。

中堅・中小企業の事業再生をサポートする認定支援機関や事業再生士などでは、リポジショニング戦略まで指導できる方はとても少ないと思われますが、御社の再生を実現するためのとっておきの手法であると断言できます。

中小企業が事業再生を成功させるポイントについては、下記の記事を参考になさってください。

破綻懸念先のランクアップ方法については、下記の記事を参考になさってください。

事業再生を相談するべき専門家の選び方については、下記の記事を参考になさってください。