事業再生における債務免除とは何か?【事実:相当ハードルが高い】

事業再生に取組むと、銀行から債務免除してもらえるようなことが新聞に書いてあったんだが、本当だろうか。
もし本当なら、親父が作った莫大な借金を債務免除してもらえるかもな。
今日銀行の担当者が来るから、ちょっと話を聞いてみるか。

こんなお悩みをお抱えの過剰債務を抱えた経営者はきっと多いことと思います。
新聞をにぎわすことの多い事業再生のことなんかを書いた記事を見ると、債務免除をうちもお願いしたいと思ってしまうはずですよね。

この記事を読むことで、債務免除とは一体何なのか?どういった効果があるのか?新聞に書いてあるようないいことづくシナノが本当なのかどうかということについて理解が深まります。

本記事は、中堅・中小企業の事業再生にたずさわって20年以上、200社を超える再生企業に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生に導いた事業再生のプロである公認会計士が書きました。

事業再構築補助金に採択される方法については、下記の記事を参考にされてください。

債権放棄は高嶺の花

債権放棄は高嶺の花まず結論から書きますと、銀行から債務免除を受けることは相当ハードルが高く、簡単に債務免除(=債権放棄)を実行してもらえるなどとは思わないことです。

新聞なんかに目を通すと、「私的整理の事業再生で〇〇億円の債権放棄」などという記事が飛び込んでくることが多いので、債務免除を受けることのハードルは低いと勘違いしてしまい、自社でもお願いすればなんとななるのではないかと思ってしまいそうですが、私的整理の枠組みの中で債権放棄を実施してもらえることは非常にハードルが高いと思ったほうがいいのです。

金融機関が債権放棄をするためには、債権放棄に社会的な意義があるのかどうかということが強く求められます。

社会的な意義とは、その企業が倒産してしまうと大きな雇用がなくなり、地域経済が疲弊することが明らかであるとか、その地域独特の文化を担っている企業であって、その企業が倒産することでその文化の継承が途絶えてしまう等々、社会的な存在価値を有していることが必要になります。

また、債権放棄をするということは債権の消滅を意味し実損が確定しますので、その実損を吸収できるだけの利益が計上されていない場合には、社会的意義があったとしても、債権放棄を実施することはできません。
特に、上場企業が多い都銀や地銀には株価にも影響を及ぼすというリスクが存在しますので、簡単ではありません。

2010年前後であれば、まだ銀行は儲かって仕方がない時代でしたので、都銀のみならず地銀や信用金庫なども実質的な債務免除(信用金庫の場合は、組織上、直接免除のハードルが高いので、ファンド等への売却が通例)を実施し、窮地に陥った地元の名門企業を中心に債権放棄を実行する案件がとても多くありました。

この点、昨今の異次元の金融緩和政策下での低金利政策が継続する中、銀行の業務純益が減少し、最終損益で赤字を計上する銀行がどんどん増加しつつある中では、債務免除にまで踏み込んで金融支援をすることができる銀行は非常に限られてきます。

さらに、昔と違って、債務者からの返済猶予の依頼を受け、経営改善計画の提出があれば、不良債権とはしなくてもよい時代において、実損が確定する債務免除をして不良債権を削減するなどといったインセンティブ自体が存在しませんので、債務免除を受けることは非常に難しい時代であるといえます。

債務免除とは何か?

債務免除とは何か?民法519条に「債権者が債務者に対し債務を免除する意思を表示したときは、その債権は消滅する』とあるように、債権者がその権利を放棄することで債務者の債務が免除されることを債務免除といいます。

債権者側からすれば、債権を放棄したことになるので、債権放棄といいます。

債務免除が行われた場合、本来債権者へ弁済されるべき価額分については、債務者が利益を得ることとなり、債務者側では債務免除益が計上されます。

つまり、債務者企業が金融債権者から債務免除を受けると、負債(銀行借入金)の返済義務がなくなって貸借対照表から負債(銀行借入金)がなくなりますが、返済義務がなくなるということは、債務者企業に利益が発生したことになり、これを一般的には債務免除益といいます。

たとえば、10億円の債務免除を受けた場合、10億円の債務免除益が発生するわけです。
これを仕訳形式で記載すると下記のようになります。

(借方) (貸方)
借入金 10 債務免除益 10

債務免除益は、他の利益と同じく税務上課税所得を構成しますから、債務免除益に対する対策を何もしなかった場合、実効税率を35%とすると3.5億円(10億円X35%=3.5億円)の法人税が課されてしまい、同額のキャッシュが社外流出することになります。

金融債権者からすれば、本来返済してもらうべき10億円を債務者企業の事業再生のために債務免除したにも関わらず、税金として社外流出させるとは何事だというお話になります。
債務免除益に課税されて税金を支払うような資金があるならば、まずは金融債権者に返済しなさいよということです。
ごもっともな話ですね。

通常、事業再生のフェーズにある債務者企業は資金繰りが逼迫していますから、このような税金を支払う余裕資金などありません。
そうすると、債務免除を受けた金融債権者に納税資金の融資をお願いするというような笑い話にもならない状態に発展しかねません。

したがって、債務免除益に対する課税に対しては事前に十分なタックス・プランングを実施して、債務免除益を相殺できるような損失を事前に準備しておく必要があるのです。

企業再生税制~債務免除益課税をどう回避するか?~

企業再生税制~債務免除益課税をどう回避するか?~事業再生に取り組む中で、債務者企業が受けた債務免除による益金に対して、これを十分に相殺できるだけの損金が債務者企業にない場合には、債務免除が必要とされる額まで債務免除が実行できず、事業再生がうまく進まないことが多く見られました。

このような事業再生の現場の実態に鑑み、平成17年度の税制改正において企業再生税制が手当てされ、民事再生法の法的整理に加え、これに準ずる一定の要件を満たす私的整理において債務免除等が行われた場合において、その債務者である法人について以下の2点の措置が講じられました。

(1)債務者企業が有している一定の資産の評価益または評価損を課税所得の計算上、益金または損金の額に算入できることとされました。(法人税法25条3項、法人税法33条4項)

(2)上記(1)の適用を受ける場合に、税務上の繰越欠損金額の損金算入について、青色欠損金額等以外の欠損金額(債務免除益等の額に達するまでの金額に限る。)を優先する措置が設けられました。(法人税法59条2項3号)

ここで、「民事再生法の法的整理に準じた一定の要件を満たす私的整理」に該当する私的整理は何かについては、国税庁から公表されている照会文書「民事再生法の法的整理に準じた私的整理とは」に回答がなされています。
その回答によれば、

  • 一般に公表された債務処理を行うための手続きについての準則(公正かつ適正なもので、特定の者が専ら利用するためのものでないもの)に従って再生計画が策定されていること。
  • .公正な価額による資産評定が行われ、その資産評定に基づく実態貸借対照表が作成されていること。
  • .上記 の実態貸借対照表に基づく債務超過の状況等により債務免除等をする金額が定められていること。
  • .2以上の金融機関が債務免除等をすることが定められていること(政府関係金融機関、株式会社地域経済活性化支援機構(以下「機構」といいます。)又は株式会社整理回収機構(以下「RCC」といいます。)は単独放棄でも可)。

(注) 再生計画が上記 の準則に従って策定されたものであること並びに上記 及び に掲げる要件に該当することにつき第三者機関等が確認する必要があります(令24の2 一ロ、規8の6 )。

ここで、注意すべきは、『2以上の金融機関が債務免除等をすることが定められていること』とあるように、2以上の金融機関による債務免除が企業再生税制の適用要件となっていることです。
つまり、債務免除に応じる金融機関が1つだけの場合には、ここに記載した企業再生税制の適用はないということになります。

ここはわかりにくいので具体的な事例で説明しますね。

参考事例①

K社は、関西一円で食品スーパーを数店舗展開していますが、競合先の近隣出店が相次ぎ、売上が減少し資金繰りが悪化したことによって、メイン銀行のA銀行の勧めもあり私的整理に踏み切り、事業再生に取り組むこととしました。

数店舗のうち1店舗はバブルの頃に土地を購入して作ったお店で、当時、土地の価格は15億でしたが、近隣の売買事例を見ると時価は5億円程度です。
現在K社の帳簿には15億円で計上されたままになっています。

一方銀行からの借入金の残高は30億円あって、A銀行20億円、B銀行5億円、C銀行5億円です。

また、青色繰越欠損金は1億円、期限切れ欠損金は2億円あります。

(注):青色繰越欠損金とは、青色申告した期の赤字(課税所得のマイナス分)を翌期以降一定期間繰り越して、課税所得の発生した期にその課税所得と通算することができるものをいいます。
税法は平成20年4月1日以降に開始した事業年度に発生した欠損金については9年間、それ以前については7年間繰り越すことができることを定めており、この期間を経過して流出してしまった欠損金を期限切れ欠損金(流出欠損金)と呼んでいます。

さて、メインのA銀行は件の店舗の土地の担保権者ですが、事業再生に取り組むにあたって、土地の購入資金として融資した15億円のうち時価を超える部分を債務免除してもよいと言ってきました。

これに応じるかのようにB銀行、C銀行ともに1億円ずつの債務免除に応じてもらえることになり、これで12億円の債務免除の金融支援を受けることができます。

原則的な課税関係

さて、税法の定める原則的な課税関係によれば、実効税率を35%とすれば、3.85億円の法人税の納付が必要になります。

【(債務免除益12億円-税務上の青色繰越欠損金1億円)X35%=3.85億円】

このような納税資金を賄えるほどの運転資金はないので、メイン銀行に納税資金の融資をお願いしてもそんな融資はできないとお断りされるのがオチで、納税資金不足で倒産を免れないことになり、事業再生どころではありません。

期限切れ欠損金の利用に係る企業再生税制

一定の私的整理の枠組みに中で策定された合理的な再建計画に則った債務免除が実行される場合には、流出欠損金を利用することができます。
それでも、3.15億円の法人税の納付が必要となります。

【(債務免除益12億円-税務上の青色繰越欠損金1億円-流出欠損金2億円)X35%=3.15億円】

資産の評価損益に係る企業再生税制

土地の簿価が15億円で、時価が5億円なので、10億円の含み損が生じていますが、通常含み損があるというだけでは税務上損金計上はできません。

つまりこの土地を売却して5億円が手元に入って初めて10億円の損失が実現したことになり、この時点で初めて税務上も損金算入できることが原則です。

しかしこの事例でもわかるように、実際に店舗を経営するために使用している事業用の土地なので、売却してしまえば、スーパー事業を縮小せざるを得ません。

この店舗が大きな赤字を出しているならば、閉店して不動産を売却するということもあり得るでしょうが、この店が収益を稼ぐ店だったらそういうわけにはいきません。
このようなことでは事業再生を効果的に進めることができません。

そこで企業再生税制は、事業再生を進める中で、一定の要件を満たす私的整理の中で合意された合理的な再建計画に基づいて債務免除がなされる場合に、債務者企業の有する一定の資産の含み益または含み損を課税所得の計算上益金または損金に算入することができることとしました。

金融機関から受ける債務免除については、12億円の債務免除益が生じますから、ここに土地の評価損10億円を税務上損金計上して債務免除による益金への対策に使えるということになります。

そして資産の評価損を損金計上する場合には、期限切れ欠損金(流出欠損金)を青色欠損金に優先して使えることになりますので、土地の評価損10億円+期限切れ欠損金2億円の合計12億円を債務免除益12億円から控除することができ、課税所得はゼロとすることができます。

【(債務免除益12億円-土地の評価損10億円-流出欠損金2億円)X35%=0億円】

このように期限切れ欠損金を優先的に使用することで、このケースでは青色繰越欠損金1億円は使うことなく次期以降の課税所得に対して税効果を持たせることが可能となります。

参考事例②

1行しか債務免除に応じないケース

さて、上のケースではA銀行、B銀行、C銀行の3行が債務免除に応じてもらえましたので、企業再生税制の適用ができ、債務免除益に対する課税を回避することができました。

もし、債務免除に応じることができる金融機関がA銀行だけだった場合には、どうなるでしょうか。

企業再生税制は適用要件として、2以上の金融機関による債務免除を求めていますので、A銀行のみが債務免除に応じた場合には企業再生税制の適用はないということになります。

その場合には、「債務免除等が多数の債権者によって協議の上決められる等、その決定について恣意性がなく、かつ、その内容に合理性がある(合理的な再建計画に基づくもの)と認められる資産の整理があった場合には、原則として、期限切れ欠損金の損金算入規定の適用ができる。」こととされています(法人税法第59条2項、法人税法施行令第117条5号、法人税基本通達12-3-1(3))。

なお、この場合には、法人税法第59条第2項第3号には該当しないので、期限切れ欠損金を青色欠損金等に優先して控除することはできないものとされています。

先ほどの事例で言えば、債務免除による益金が12億円ありますが、これから青色繰越欠損金1億円を控除し、その後に期限切れ欠損金2億円を控除することとなり、課税所得は9億円となり法人税3.15億円がキャッシュアウトすることになります。
【(債務免除益12億円-税務上の青色繰越欠損金1億円-流出欠損金2億円)X35%=3.15億円】

これでは過剰債務は解消されず、K社の事業再生がうまくいくとは考えられないので、企業再生税制が使えるようにA銀行以外の金融機関にも債務免除を応諾して頂く必要があることになります。

ここでは取り上げませんでしたが、信用保証協会の求償債務の債務免除の可否につては下記の記事を参考になさってください。

サービサーや事業再生ファンドを使った間接的な債務免除については下記の記事を参考になさってください。


債権放棄をしてもらうことは可能か。

債務免除してもらうことは可能か?事業再生が時流に乗って世をにぎわしていた時代には、都銀のみならず地銀も我先にと事業再生の専門部署を行内に設けて専任者を配置し、金融庁向けの事業再生の実績づくりに奔走しました。

この頃は、地方の過剰債務に陥った老舗企業に対する債務免除案件が事業再生の市場に次々に出てきたことを懐かしく思います。
製造業、建設業、ホテル旅館業など業種を問わず債務免除があちこちで実行されていました。
弊社でもそのうちのいくつかを担当させて頂きました。

この頃は銀行の収益力は高く、特に優良行とされる地銀では、貸倒損失に対する予算が多くとられ(貸倒引当金の計上)、過剰債務を債務免除でカットして財務の再生を図るという意味での事業再生は日本のいたるところで実施されていました。

しかしこのところ、債務免除を私的整理の枠内で実施する話はほとんど聞かなくなりました。

事業再生ADRによって処理される案件(中小企業案件は少ない)には債務免除の案件もあるようですが、一般の中小企業の事業再生の案件については、低金利を維持する金融行政が継続し、銀行の業務収益が縮小する中、さらには、金融庁の方針転換によって不良債権の定義自体が変わってしまった中では、債務免除によって実損を確定させることになる金融支援は甚だハードルが高いものとなっています。

また、事業再生を進める中で、債務免除をして銀行が実損を被ってでも地域の名門老舗企業を事業再生で復活させることは、債務免除をする意義や目的が明確で納得性も高かったように思いますが、そのような企業に対する支援はひと段落して、債務免除をする意義が明確に語れるだけの企業はもう残っていないということも、事業再生の中で債務免除案件が少なくなった一因と考えられます。

銀行が事業再生の中で、債務免除をしてまで債務者企業を再生させるべきとする社会的意義のようなものを見出せるだけの中小企業が少ないということでしょう。

このような中で、事業再生計画案を作って、その中に債務免除の金融支援も織り込んで弁護士とともに銀行に持ち込んでも、銀行はなかなかその支援に応じることはできないでしょう。

事業再生を進めるにあたって、やみくもに債務免除を求めてもかなりハードルが高いので、債務免除という金融支援を当てにすることなく、それ以外の金融支援を期待して、外部の事業再生の専門家に相談した上で、事業そのものの再生に注力することが肝心です。

債権放棄に銀行が応じる可能性については、下記の記事を参考になさってください。

金融支援の方法については、下記の記事を参考にされてください。

事業再生に取組むにあたって相談するべき専門家の選び方については、下記の記事を参考にされてください。

事業再生コンサルティングの内容については、下記の記事を参考にされてください。