事業再生における金融支援の手法【多様なメニューでサポート】

創業80年の老舗旅館を経営しているんだけど、お客さんの数がここ3年ほど右肩下がりでどんどん減ってきて、最近は旅館の修繕費用も負担できなくなってきた。

銀行さんの要望もあって、そろそろ事業再生に取り組もうと思うんだけれども、事業再生の金融支援にはどんな手法があるのだろうか。

金融支援の手法によってどんな違いがあり、経営者である私にも何らかの責任を問われることもあるのかどうかも併せて事前に知っておきたい。

こんなお悩みをお抱えの経営者の方は多いのではないでしょうか。

この記事では、事業再生にはどんな金融支援の手法があって、各々の手法の違いはどのようなものなのかを説明しますね。
この記事を読むことで事業再生の様々な金融支援の手法とその違いが理解でき、実際に取り組む時に経営者の責任についても過度に不安にならずにすみます。

本記事は、中堅・中小企業の事業再生に取り組んで20年以上、200社以上の事業再生案件に関与して、マーケティングと管理会計と組織再編の力で再生に導いてきた、事業再生のプロである公認会計士が書きました。

事業再生における金融支援の手法

事業再生における金融支援の手法事業再生に置ける金融支援の手法は、事業再生の種類が再生型か清算型か、法的整理か私的整理かで変わってきます。

まず、「法的整理―清算型」である、破産や特別清算の場合には、一般商事債権も金融債権と同等の扱いを受け、一般取引業者も金融債権者と同等に、一部の債権弁済後の残債権について債権放棄をせざるを得なくなります。

次に、「法的整理―再生型」である法的再生の民事再生手続きや会社更生手続きの場合にも、一般商事債権も金融債権と同等の扱いを受け、一般取引業者も金融債権者と同等に、再生計画に従って、一部弁済後の残債権について債権放棄をせざるを得なくなります。
残債務については、スポンサー型の場合には一括弁済されることとなります。

また、「私的整理―清算型」に該当する廃業支援型特定調停では、一般商事債権の全額支払いが可能なことを原則としており、金融債権者のみが金融支援を実施することとなり、一般商事債権は全額保護されることとなります。
ただし、一般商事債権の弁済に当たっては、対象債権者である金融機関の理解を得ることを前提としています。

最後に、「私的整理―再生型」である私的再生の場合には、金融支援の手法は様々なものがありますので、この記事で説明していきますね。
ここでは、自力再生型とスポンサー型に分けて、各々で使われる金融支援の手法をお話ししましょう。

事業再生の種類については、下記の記事を参考になさってください。

廃業の賢いやり方については、下記の記事を参考になさってください。

私的整理―自力再生型のケースの金融支援の手法

金利の減免

金融機関からの借入金についてその約定金利を減免する金融支援の手法です。

たとえば、約定金利が3%だったところ、金利の負担が大きくて営業利益段階では何とか黒字を確保していても、最終損益段階では赤字に転落してしまい、資金繰り的にも問題があるような場合には、金利を2%まで減免してもらうというような金融支援の手法です。

このケースだとたった1%の金利の減免じゃないかと思うかもしれませんが、借入金が10億円あれば、年間で1千万円の利息の削減になるように、金利の減免効果を侮ってはいけません。

昨今は市場金利の低迷で、非常に安い金利で借りることができますが、昔の高いままの約定金利でずっと借り続けている債務者もまだまだ多く、それは非常にもったいないことです。
経営者の中には、金利の減免などという金融支援の手法を受けることは無理だと、鼻から思い込んでいる方もとても多いのには驚きます。

私の関与先でも、とある地方で某地銀がメイン銀行の、金利が3.5%と異常に高いクライアントがありました。
関与後すぐに金利の減免を受けるために金融支援を依頼する交渉に伺いましたが、「うちは国際基準で経営しているから金利はそれくらいになるんですよ。」というわけのわからない理由で断られたことがあります。
その後も何度も足繁く通って1%の金利の減免を実現しましたが、それでもまだ高いですよね。

私の経験では、昔の金利水準を引っ張ってしまっている債務者企業は、金利は下がらないものと諦めてしまっているケースがとても多いように思います。
是非、金利の減免という金融支援の手法を使って、金利の引き下げを実現してください。

金利の引き下げについては、下記の記事を参考になさってください。

リスケジュール(リスケ)

リスケジュールとは、金融機関等からの借入金の元本の返済条件を当初の約定よりも緩和して、弁済額の減額または、しばらくの間返済をストップして据え置き期間を置き、返済期間を繰り延べることで、窮境に陥っている会社の資金繰りを改善する金融支援の手法です。

この金融支援の手法によれば、毎月の元本の返済額は減りますから資金繰り的には楽になりますが、借入金総額は変わらないため、当該借入に係る支払利息総額は増えることになります。

そういうこともあって、リスケジュールという手法の金融支援をお願いする場合には、金利の減免という金融支援の手法も併せてセットでお願いするようにしましょう。

リスケの詳細については、下記の記事を参考になさってください。

D.E.S(Debt Equity Swap=債務と株式の交換)

DESとは、金融機関からの借入金を資本に転換する金融支援の手法をいいます。
債権者である金融機関からすれば、貸付金を投資有価証券に転換する金融支援の手法であることになります。

たとえば、銀行が1億円の融資を実行して貸し付けた場合には、それは約定金利の伴う1億円の貸付金となります。
しかし融資先の業況が悪化して資金繰りが逼迫してくるとその貸付金の回収が困難になります。
そこで、銀行は法律的に返済が必要な貸付金を、返済が不要な投資有価証券に転換する金融支援の手法がDESなのです。

債務者側からすれば、借入金が1億円減って、資本金が1億円増加することになりますから、純資産が1億円増加することとなって債務超過解消にもつながり、債務者企業の財務内容を一気に改善することができる金融支援の手法です。

金融機関が金額的に無制限にこのDESという金融支援の手法を使うことはできません。
金融機関にはいわゆる5%ルールというものがあり、金融機関は対象となる会社の議決権額の5%を超えて議決権を取得・保有することが禁じられているからです。

中小企業の場合には、資本金額が脆弱であるということもあって、議決権の5%の金額は極めて少額になるのが通例なので、債務者企業の財務に与える影響は限定的となることが多いと思われますが、それでは借入金の資本への転換額が僅少になりすぎて、財務メリットがそれほど取れないことになります。

こういう問題を避けて、議決権のない株式(種類株式)を上手く活用することで、5%ルールの適用を回避することは可能です。

DESは2000年代に多く実施された金融支援の手法ですが、債務者企業が中小企業の場合、そのほぼ全てが非上場会社となりますので、債務者企業の事業再生がうまくいって、金融機関がDESで保有した債務者企業の株式を売却して投資の回収を図ろうとしても、市場がないので売却がままならず、EXITが困難であるという問題を抱えた手法になります。

そういうわけで、その後にDESという金融支援の手法を活用するケースはほとんどなくなりました。

DES (Debt equity swap)の詳細については、下記の記事を参考になさってください。

D.D.S(Debt Debt Swap=債務と債務の交換)

DDSとは、既存の借入金の返済条件を変更して、他の一般債権よりも返済順位を劣後化させる金融支援の手法をいいます。

劣後化の対象となった元本(劣後債務)は一定期間返済が棚上げされることになります。

たとえば、10億円の借入金があった場合に、そのうち4億円にDDSをかけて劣後化させると、残りの6億円が一般債権(シニア債権)となり、まずはこの6億円の返済を優先させて、劣後化させた4億円については、シニア部分の返済が完了してから返済を始めることとする金融支援の手法です。

通常はシニア部分をたとえば10年で返済し、その後に劣後債を10年で返済するといったような返済期間を設けますので、結局、経済的実態はリスケジュールとほぼ変わらない手法であるとも言えます。

ただ、劣後債務(DDS)部分については、対象期間(5年以上が要件とされている)中の利率は事務コスト程度(具体的には0.4%程度)まで減額することが一般的であり、元本返済の圧縮と金利の減免による資金繰りの改善効果は大きく期待できる手法です。

さらに、金融機関側からすれば、自己査定上、劣後債務(DDS)部分は自己資本扱いができるため、融資先の債務者区分の上方遷移が可能となり、早期にニューマネーの提供することができるなど、取引の正常化を早期に図れるというメリットもある金融支援の手法になります。

DDS (Debt debt swap)の詳細については、下記の記事を参考になさってください。

債権放棄(債務免除)

債権放棄とは、金融機関が一部の債権を放棄(債務免除)することによって、会社の資金繰り(返済対象元金債務の削減+金利減少)を大きく改善するととともに、債務者企業の財務内容を抜本的に大きく改善する金融支援の手法です。

債務者企業からすれば、借入金の債権放棄を受けると債務免除益という利益が生じるので、これが資本の部を増強することとなり、債務超過が一気に解消したりすることにもつながる金融支援の手法です。

ただ、債務免除を受けた場合に生じる債務免除益は課税所得を構成するので、この債務免除益と相殺できるだけの税務上の繰越欠損金や資産の評価損等がない場合には、課税されて法人税が流出するという資金繰りに対してマイナスとなる要因をもたらす可能性のある手法です。

そこで、債務免除益課税を避けるために、会社分割等の組織再編の手法を用いて、金融機関から債権放棄を受ける対象となる一部の借入金を除く資産負債を抜き出して新会社を設立(新設分割)し、もしくは新たに設立した新会社に吸収させ(吸収分割)て、新会社で従来通りの営業を継続し、抜け殻になった会社(債権放棄を受ける一部の借入金だけが残っている)を特別清算で閉じ、債務免除益課税を回避するなどの組織再編の手法を使うこともあります。

債務免除の詳細については、下記の記事を参考になさってください。

銀行が債権放棄に応じる可能性については、下記の記事を参考になさってください。

また、債務免除を伴うような私的整理の枠組み内での再建スキームであれば、経営者の保証人としての保証履行の問題が絡んできます。
そのような場合には、事前にメイン銀行と相談しながら経営者本人の個人DDを実施して、経営者保証ガイドラインに則って経営者保証の履行について計画することも必要になります。

経営者保証の問題についての詳細は、下記の記事を参考になさってください。

さらに、事業再生を機に経営者が後継者にその地位を譲る場合には、後継者が元経営者の経営者保証を承継するかどうかについては、こちらの記事をご覧ください。

私的整理―スポンサー型のケースの金融支援の手法

事業再生や企業再生のフェーズに至った企業が、後継者がいない場合、事業の悪化スピードが速すぎてスポンサーによる信用補完が必要となった場合、金融機関との関係が悪く自力再生型では支援が得られない場合など、スポンサーによるM&Aとして、事業譲渡や会社分割の手法によって事業(または会社)が買われることになります。

そのような場合、スポンサーの大きなメリットは、自社の事業にシナジー等を有する他者事業を比較的廉価で買えるということです。
スポンサーとしては、できるだけ廉価で必要な事業を買うチャンスなので、債務者企業の負担する金融債務の一部放棄を求めてきます。

金融機関としても全額回収することはそもそも不可能であるケースが多いので、一部の債権放棄に応じて残債務をスポンサーからの一括で回収する絶好の機会となる手法です。
このように、債務の一部を債務免除する代わりの残債を一括で弁済する手法を、DPO(Discount Pay Off)といいます。

スポンサーとしては、債務者企業の株式を買い取るという手法もあるわけですが、株式の取得という買収手法を選択した場合、買収当初は予見しえなかった債務があとになって顕在化するリスクはゼロにはできない(簿外債務や偶発債務の存在するリスクがある)ので、通常は株式の取得という手法は行わず、会社分割等の手法を用いて事業を切り出す手法が好まれる傾向にあります。

またこの手法であれば債務免除益課税を回避することもできるので、スポンサーが買収する際にはよく使われる手法です。

スポンサー型の事業再生については、下記の記事を参考になさってください。

多用な支援メニューの組み合わせ

金融支援の組み合わせの妙このように、金融支援の手法は多くのメニューがあり、債務者企業の置かれた状況によってさまざまに使い分けがなされることになります。

事業や財務の傷み具合が比較的軽症である場合には、リスケや金利の減免といった金融支援の手法によって、債務者の再生を後押しすることが可能ですが、事業や財務の棄損の度合いが激しいような場合には、そういった金融支援の手法では焼け石に水となるので、DDS、DES、債権放棄(債務免除)といったもう一歩踏み込んだ金融支援の手法を使わざるを得ないことになります。

また、各々の金融支援の手法が単独で使われるケースも勿論ありますが、たとえば債権放棄とDDSという2つの手法を組み合わせることで、債務者の資金繰りの安定と財務の改善を一気に推し進めながら、金融機関自身の回収額を最大化するということも可能となります。

事業再生の専門家としては、債務者の債務者区分、金融機関の引当実施率を予想しつつ、債権放棄を依頼する部分とDDSで劣後化を図る部分の金額を、債務者企業の事業の改善効果によるキャッシュフローの増分を鑑みながら、税効果を考えつつ予想実態B/Sとキャッシュフロー予想表を作りこむ必要があります。

また、債務免除を伴う案件では、債務免除益課税を勘案しながら、必要とあれば流出欠損金を見比べながら、組織再編スキームを考えるべきかどうかの検討も併せて同時並行的に進める必要があります。

この辺りの様々な手法の組み合わせを同時並行的にシュミレーションを行いうるのも会計士の強みと言うことができ、弁護士にも税理士にも、もちろん中小企業診断士にもできない芸当であって、金融機関の求める再建計画書の策定は、公認会計士にしかできないものとなっています。

この記事で列挙した金融支援の手法の組み合わせは様々考えられますが、どのような組み合わせであっても、過剰支援とならぬよう、債務者と金融債権者がともにハッピーとなるような支援の金額と内容を計画に落とし込むことが肝要になります。

事業再生における会計士の役割については、下記の記事を参考になさってください。

事業再生取り組むにあたって相談するべき専門家の選択については、下記の記事を参考になさってください。

中小企業再生支援協議会のメリット・デメリットについては、下記の記事を参考になさってください。